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順天堂大学医学部附属順天堂医院 総合診療科 齋田瑞恵先生

公開日:2023.03.31
カテゴリー:外来訪問

~漢方薬の新時代診療風景~
 漢方薬は、一般に知られる処方薬(西洋医学)では対処が難しい症状や疾患に対して、西洋医学を補完する使われ方も多く、今後の医療でもますます重要な役割を果たすと考えられます。
 近年、漢方薬の特性については科学的な解明が進んだこともあって、エビデンス重視の治療方針を取る医師の間でも漢方薬が使用されることが増えています。
 漢方薬を正しく理解して正しく使うことで、治療に、患者さんに役立てたい。日々勉強を重ねる、身近な病院の身近なドクターに、漢方活用の様子を直接伺いました。ドクターの人となりも見えてきます。

「Long COVID漢方外来」開設から1年が経過

新型コロナウイルス感染症の急性期から回復した後も、さまざまな体調不良に悩む人は多くいらっしゃいます。そのような後遺症(Long COVID)に苦しむ患者さんのために、順天堂医院では、2021年10月1日に「Long COVID漢方外来」を開設しました。

この「Long COVID漢方外来」では、総合診療科内において、新型コロナ感染後に遷延する倦怠感、頭痛、味覚障害、嗅覚障害、脱毛、集中力低下や頭がすっきりしない(ブレインフォグ)などの症状の相談をお受けし、医療用漢方エキス製剤を用いた症状緩和のための漢方診療を行っています。

開設から1年以上が経過し、その間にウイルスの主流がデルタ株からオミクロン株へと変化しました。ウイルスの特性が変わったことで、感染直後の症状は軽くなったとされますが、後遺症の出やすさは特に変わりありません。ただ、「脱毛」や「味覚障害」「嗅覚障害」の頻度としては、ウイルスの種類で若干違いがあるという感覚があります。

第7波の影響は大きく、「味覚障害」「嗅覚障害」、「脱毛」の訴えが多かった

2022年7月の第7波の後は、「脱毛」「味覚障害」「嗅覚障害」を訴える患者さんが多くお見えになりました。今(2023年1月)は、その波が収まった後の10~12月に感染した方がいらっしゃいますが、味覚障害や脱毛の方はそこまで多くない印象があります。感染者の数によるところもあるとは思うのですが、流行する株によって、後遺症の症状に若干の違いがあるのかなと感じています。

また、ここ最近のデータはまだ揃っていないのですが、診療している肌感覚で言うと、現在の患者さんの割合は、女性6割:男性4割という印象です。
女性は30代後半~40代の方がメインで、60代・70代くらいの方までいらっしゃいます。症状としては「倦怠感」が圧倒的に多く、次に「不眠」などが続きます。
一方、男性は若い方のほうが多い印象で、10代後半からいらっしゃいます。「記憶力の低下」や「倦怠感」、「頭痛」を訴える方が多いように思います。

その他にも、「気分の落ち込み」や「動悸」、「めまい」や「しびれ」など、症状は多岐にわたります。そして、ほとんどの患者さんが複数の症状に悩まされているのも特徴です。

Long COVIDには、漢方の全人的なアプローチが有効

このように、後遺症の症状は非常に多岐にわたり、倦怠感や不眠、記憶力の低下など、問題が起きている臓器が特定しにくい症状を訴える方が多いです。西洋医学は、臓器の治療として発展してきた医学なので、このような原因のつかめない全身症状には施す手がないこともあります。

一方、人体解剖が始まる前から経験値を積み重ねてきた漢方医学は、臓器に捉われることなく、心も体もすべて繋がっていて、そのバランスを整えることで不調を改善するという考え方の医学。ですから、今回のような全身に広がる神経症状やメンタル系の症状と非常に相性が良いのです。そして、複数の生薬が配合され、一剤で多様な効能をもたらす漢方薬は、さまざまな原因が複雑に重なって生じている後遺症の改善に効果が期待できるのです。

実際、外来に来る患者さんたちの中には「検査や採血をしても特別悪い数値は出ない」という方が一定数いらっしゃいます。本当に具合が悪いし、日常生活に支障をきたすほどなのに、採血は健康そのもの、というような方もいて、西洋医学の視点だけでは対応が難しいこともあります。

しかし、そのような場合でも、漢方医学ではそれぞれの個人の体質や症状に合わせた治療を行うことが可能です。以下、実際に当院で治療を行った患者さんの症例を紹介します。

漢方治療の症例

【Case1】 62歳 男性

主訴
咳、喉の乾燥感、倦怠感
現病歴
某年8月21日にCOVID-19陽性が判明し、近隣の病院で10日間の入院加療。退院後、1か月以上続く咳あり、胸部CT検査で明らかな異常は認めず、鎮咳薬でも継続する咳の症状あり、今回、漢方治療目的に来院された。
虚証
処方薬
麦門冬湯
経過
内服後2週間程度で咳はほとんど出なくなった。3週間後の再診で、咳の症状は消失し、同時に倦怠感は改善を認めていた。倦怠感も改善し散歩ができるようになった。

【Case2】 34歳 女性

主訴
味覚障害、倦怠感
現病歴
某年8月末にCOVID-19(軽症)に罹患し、午後になると微熱、朝起きられないくらいの倦怠感が、1か月後も残存していた。
虚証
処方薬
当帰芍薬散
経過
受診時、座っているのがやっとであり、強い倦怠感が持続していた。味覚障害はひどい時よりは半分程度治っていたが、完全には回復していない状態であった。内服開始から1か月後の再診の際には「不安が大きかったが、点で感じていた味覚が戻り、『これで治っていくんだ』という安心感が出てきました」とのこと。その5か月後、味覚症状、倦怠感ともに回復、復職した。

西洋医学と東洋医学を融合した治療。どちらの視点も大切に

「Long COVID漢方外来」では、初診時には必ず血液検査や、必要に応じて画像検査のような診断を行うことで、「後遺症以外の疾患の可能性を精査すること」を大切にしています。また、漢方診療を基本としますが、西洋医学的治療が必要と判断された場合には、大学病院であることを活かし、幅広く対応することができます。

実際に、私が担当した患者さんで、コロナ後遺症の倦怠感だと思っていた10代の男性が、まったく別の病気による症状だった例がありました。この時の診断は本当に難しく、自分が西洋医学の医師としての視点を忘れないでいたから見つけられた、診断できた、と感じました。この患者さんは病気が見つかった後も、そのまま大学病院の専門的な治療を受け回復に向かっており、親御さんと一緒に喜んでいます。このように、西洋医学と東洋医学の“いいとこ取り”をすることで、カバーできる領域が広がることを実感しています。

大学附属病院として各専門科との連携や共同研究も実施

このほか「Long COVID漢方外来」の特徴としては、後遺症の実態解明や、専門医との共同研究などを行っていることも挙げられます。

具体的には、消化器内科の先生と、新型コロナに感染した人の大腸フローラ(腸内細菌叢)を解析する共同研究の準備を進めています。また、泌尿器科の先生と連携して新型コロナ感染者の性欲・意欲・気力低下と男性ホルモンであるテストステロンの関連を研究しています。このように、各専門科との共同研究や連携も視野に入れ、外来診察を行っています。

多彩な症状がみられる新型コロナの後遺症は、症状がいつまで続くのか、本当に治るのか、といった不安を抱えている患者さんが多いようです。周りに理解されない自分の症状に悩み、メンタル面の落ち込みがさらに症状を悪化させている場合もあると感じます。

原因は何であろうと、症状で苦しんでいる人がいるのは事実で、その目の前の患者さんに真摯に対応していくことが必要です。「Long COVID漢方外来」では、そのような患者さんに漢方治療で寄り添い、しっかり支えていきたいと考えています。

順天堂大学医学部附属 順天堂医院

医院ホームページ:http://www.juntendo.ac.jp/hospital/

JR線または地下鉄丸ノ内線「御茶ノ水」駅より徒歩5分、地下鉄千代田線「新御茶ノ水駅」下車より徒歩7分。もしくは都バス「順天堂病院前」で下車。詳細は医院ホームページから。

診療科目

総合診療科、乳腺科、循環器内科、消化器内科、呼吸器内科、膠原病・リウマチ内科、糖尿病・内分泌内科、食道・胃外科、大腸・肛門外科、肝・胆・膵外科、心臓血管外科、呼吸器外科、臨床遺伝外来、腎・高血圧内科、血液内科、腫瘍内科、脳神経内科、脳神経外科、整形外科・スポーツ診療科、形成外科、皮膚科、泌尿器科、麻酔科・ペインクリニック、メンタルクリニック、小児科・思春期科、小児外科・小児泌尿生殖器外科、眼科、耳鼻咽喉・頭頸科、産科・婦人科、放射線科、救急科、歯科口腔外科、リハビリテーション科

齋田 瑞恵(さいた・みずえ)先生略歴
順天堂大学医学部総合診療科学講座 准教授
順天堂大学卒業後、順天堂大学医学部附属順天堂浦安病院を経て、順天堂大学医学部総合診療科入局。2021年より順天堂大学医学部総合診療科学講座准教授に着任。日本内科学会認定内科医、日本病院総合診療医学会認定医、日本プライマリ・ケア連合学会プライマリ・ケア認定医、日本東洋医学会会員、日本医師会認定産業医、日本総合健診医学会・日本人間ドック学会人間ドック健診専門医、医学博士。

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