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フレイルの改善で注目の漢方薬「人参養栄湯」、そのメカニズムとは?

公開日:2023.08.30
カテゴリー:病気と漢方

超高齢社会を迎えたわが国では、近年、フレイル改善に向けた研究がいくつも進められています。そうした中で、現在注目を集めている漢方薬があります。今回は関西電力医学研究所統合生理学研究センター長の矢田俊彦先生に、フレイル改善に効果的とされる「人参養栄湯(にんじんようえいとう) 」についてお話を伺いました。

フレイルは包括的な概念

「フレイルとは、簡単にいえば高齢になって心と身体が衰えた状態を表す言葉です。語源は虚弱を意味する「Frailty(フレイルティ)」で、日本老年医学会が2014年に提唱しました」(矢田先生)

肥満を伴う健康障害を表す『メタボ(メタボリックシンドローム)』と同様、高齢者に見られる心身が虚弱な状態を表す言葉として定義されたのが『フレイル』です。

鈴木隆雄. アンチ・エイジ医 2016; 12(5): 607-612

「フレイルには、大きく、①身体的フレイル、②精神・心理的フレイル、③社会的フレイル、の3つの構成要素があります。①は握力や歩行速度など、②は軽度の認知障害やうつ状態など、③は他者とのコミュニケーションの頻度や能力などの衰えから判定されます」(矢田先生)

筋力や身体機能の低下に留まらず、メンタルや社会性など日常の生活環境への適応も含めた形で衰えを可視化するのが、フレイルという考え方です。

「昨今、フレイルが注目されている背景には、超高齢社会はもちろん、IT化の加速による環境変化がもたらすストレスの増加や、COVID-19の流行によるコミュニケーションを断つような生活の日常化なども関わっていると考えられます」(矢田先生)

フレイル改善のカギを握る「食欲」の大切さ

フレイルは、先述の三要素が相互に関わり、影響を及ぼし合います。例えば、死別等でパートナーを喪失した場合、閉じこもりがちになり(社会的フレイル)→気分が落ち込み(精神・心理的フレイル)→食欲不振から筋力低下(身体的フレイル)→さらに外出が面倒に……と、悪循環が起こり、フレイルが進行(悪化)しやすくなります。

ただ、こうした負のスパイラルがある反面、「フレイルには可逆性がある」と矢田先生は言います。

「一要素の悪化が他の2要素を悪化させるのと同様、一要素の改善によって他の2要素も改善される。そうした正のスパイラルが生じるのもフレイルという病態の特徴です」(矢田先生)

また、矢田先生はフレイル改善アプローチの最重要ポイントとして「食欲」を挙げます。

「これまでの研究から、食欲の増進により、フレイルの三要素いずれに対しても改善が見られることが分かっています。例えば、筋肉量や脳機能の維持・向上にはアミノ酸やグルコースほか種々の栄養素が必要不可欠です。また、食事を取ることで、胃腸が活発化され、さまざまなホルモン分泌や神経ネットワークが作動し全身の器官の機能が向上することで身体が良好な状態に保たれます」(矢田先生)

一般に高齢になるにつれ、食欲は低下の傾向を示しますが、それこそが、フレイルの上流に位置する問題であると矢田先生は指摘します。

人参養栄湯に注目した理由

フレイルと漢方薬の研究に長年取り組み、現在、人参養栄湯を用いたフレイル改善の研究で成果を上げている矢田先生ですが、そもそもなぜ同処方に注目したのでしょうか。

「理由は大きく2つあります。1つはこの処方の効能・効果自体がフレイル改善に有効だからです。人参養栄湯は心身に元気・やる気(気というエネルギー)を与える補気剤というカテゴリーの漢方薬で、フレイルの改善ポイントの中でも上流にある食欲不振の改善に効果を発揮します。

また、フレイルの病態には、末梢から中枢に至る多くの臓器器官と機能が関わっています。その上流に位置する食欲も、多くの臓器、ホルモンや神経の協力によって制御されています。その改善のためには、単一の症状や分子を狙い撃ちして効果を出すタイプの西洋薬よりも、多方面に作用し、複合的に効果を生み出すタイプの漢方薬によるアプローチのほうが適切だろうと考えました」(矢田先生)

どちらが優れているということではなく、病態によって漢方薬と、ピンポイントに作用する西洋薬とを使い分けることが重要だと話します。

人参養栄湯がフレイルを改善する仕組み

人参養栄湯が食欲不振の改善に働く仕組みについて、矢田先生はまず食欲のメカニズムに触れます。
「食欲は、脳の視床下部にある摂食中枢という神経の働きによって制御されています。摂食中枢には食欲中枢と満腹中枢があり、食欲増進は前者の働きになります。空腹になると胃から血液中に『グレリン』というホルモンが分泌され、それが食欲中枢を活性化させることによって食欲を感じます」

また、加齢とともに食欲不振の方が増える要因として、矢田先生は「①グレリンの分泌減少、②食欲中枢を含む神経ネットワークの衰え、③グレリンによる食欲中枢を活性化する作用の減弱」などを挙げます。

「つまり、食欲不振の改善には、食欲中枢の活性化が最重要課題であり、そうした働きを持つのが人参養栄湯という漢方薬なのです」(矢田先生)

人参養栄湯の効果は、矢田先生による抗がん剤投与の食欲不振マウスを用いた試験1)等で確認されています。また現在、人間の年齢で80歳程度に相当する高齢マウスを用いた試験も行っているとのことです。

人参養栄湯は食欲のリズムを乱さない

これまで、術後やがんなど特殊なケースを除き、明確な食欲不振の治療薬は存在しませんでした。このため、人参養栄湯には大きな期待が寄せられています。

一方で、食欲を増進させることによる恒常的な空腹感とそれによる過食については、
「その点は心配ありません。人参養栄湯は動物の摂食リズムを崩さずに食欲を増進させる働きを持つからです。人間でいえば、特に朝を中心とした活動時間帯に食欲を増進させます。このため、肥満や生活習慣病につながりやすい夜間の過食などを生じることなく、フレイルの予防・改善が可能となります」(矢田先生)

また、食事のタイミングに関して、矢田先生は「朝食をしっかり食べることがフレイルの予防・改善には非常に重要」と指摘します。

「しっかり朝食を食べることで、筋肉や脳の日中の活動に必要な栄養素が取れます。それにより運動機能や脳機能が活性化され、フレイルの予防・改善につながります。また、朝に胃腸を刺激することで、私たちの心身機能を調節するホルモン・神経・免疫系が活発化される点も重要です。さらに食べることで口腔の運動・骨格系にも好影響を与えます」(矢田先生)

(取材・文:岩井浩)

参考
  1. Goswami C, Yada T, et al. Neuropeptides 2019; 75: 58-64

矢田俊彦(やだ としひこ)先生
関西電力医学研究所 統合生理学研究センター センター長
京都大学大学院医学研究科博士課程修了後、東京医科歯科大学医学部生理学講座助手に。マイアミ大学研究員、コーネル大学研究員、鹿児島大学医学部生理学講座助教授、自治医科大学医学部生理学講座教授。この間、米国チューレン大学客員助教授、岡崎国立共同研究機構生理学研究所客員助教授、自然科学研究機構生理学研究所客員教授を兼任。2018年より、関西電力医学研究所統合生理学研究部部長、自治医科大学名誉教授・客員教授、神戸大学客員教授、鹿児島大学客員教授、岐阜大学医学系研究科糖尿病・内分泌代謝内科学客員教授を兼任。フレイル漢方薬理研究会世話人。

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