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健康寿命を延ばすには?フレイル予防に役立つ漢方

公開日:2020.11.25
カテゴリー:病気と漢方

 4人に1人が65歳以上という超高齢社会を迎えた日本で、注目されているのが健康寿命です。健康寿命とは、介護を受けたり寝たきりになったりせずに、日常生活を送れる期間のことをいいます。できることならば健康なまま長生きをする健康長寿を目指したいものです。しかし、現在、平均寿命と健康寿命には、男性で約8.8年、女性で約12年もの開きがあります1)。介護が必要となったり、寝たきりになったりする兆候といわれているのが、加齢により心身が老い衰えた状態の「フレイル」です。フレイルは、普段の些細な日常生活などが要因になることが少なくありません。フレイルを避け、「上手に老いる」ために必要なことを、東京大学大学院医学系研究科加齢医学講座教授の秋下雅弘先生に伺いました。

こんな症状ありませんか? フレイルの兆候をチェック

 突然ですが、あなた自身、もしくはあなたの両親や祖父母など周囲の高齢の方にこんな様子が見られることはありませんか?

 この中でひとつでも当てはまる項目があれば、フレイルの兆候があるといえます。

フレイルとは

 フレイルとは、「加齢に伴う予備能力低下のため、ストレスに対する回復力が低下した状態」を表す“frailty”の日本語訳として、日本老年医学会が提唱しました2)。つまり「加齢により心身が弱った状態」といえますが、フレイルは先ほどのチェックリストで挙げられていた身体的脆弱性のみならず、精神・心理的脆弱性、社会的脆弱性など、多面的な要素から成ると考えられます。そして多要素から成る概念であるゆえに、それぞれが関連し多面的な問題を抱えやすくなります。

 フレイルは、健康状態の段階としては要介護(寝たきり)のひとつ手前にあたりますが()、適切な介入によって健康な状態に戻していくことが可能です。

図 フレイルの位置づけと流れ
フレイル

 要介護になってしまった場合、その段階から健康な状態に戻すのは、なかなか難しいところがあります。しかし、フレイルの段階であれば、戻せる可能性は高くなります。

 要介護で寝たきりの状態になると、筋肉の減少が加速度的に進むといわれています。平成30年度の健康日本21推進全国連絡協議会第2回分科会の講演抄録には、「50歳以降は筋肉が1年間に1%ずつ萎縮していきます。ところが2週間入院して寝たきりですと、大腿前部の筋肉は2日で1%減少してしまいます。その2日間は通常の加齢変化の1 年分に相当し、2週間では7年分に相当します」との記載があります3)

 また、2週間膝関節を固定して生活した場合、高齢者(平均年齢68歳)の下肢の筋肉は2週間で23%減少するという2015年に発表されたデンマークの研究結果もあります4)。このように筋肉量が減ってしまうと、退院しても筋肉を取り戻すのは容易ではなく、健康な状態への回復は難しいのです。

コロナ禍で増えるフレイル

 また、社会問題となっている新型コロナウイルス感染症の流行も、フレイルを増加させる要因になっています。新型コロナに関しては、フレイルのリスクのうちの社会的脆弱性に当てはまるところが大きいです。「ステイホーム」というテレビからの訴えを受け止めた高齢の方が、感染を恐れて家に閉じこもってしまう。すると体力が落ち、熱中症やフレイルを引き起こしやすくなってしまう、ということが考えられます。情報を入手する手段の少ない高齢者の社会的弱さが影響しているといえるでしょう。

 東京、神奈川、千葉、埼玉、愛知、大阪、兵庫、福岡の大都市圏在住の65~84歳1,600名を対象にした調査によると、新型コロナウイルス感染症の拡大前後で身体活動が約3割、1週間あたりにして65分減少したという結果が出ています5)

 新型コロナウイルス感染症の感染予防を心がけることは大切ですが、感染を恐れるあまりに外出を控えすぎてしまうと「生活不活発」になり、身体的脆弱性の高まりによる健康への影響が危惧されます。

 こうした背景もあり、当施設では高齢の方向けの講演の際には前述のフレイルのチェックリストを紹介するなどして、フレイルの早期発見に力を入れています。チェックリストでは身体的脆弱性に関する質問項目がメインです。それは、あくまで目に見えやすいものをきっかけに捉えてもらおうというのが目的です。身体的脆弱性は、フレイルという大きな氷山の表面に見えている一部でしかないケースがあります。そうした表面的なことからフレイルに気づいてもらい、氷山のさらに下にある精神・心理的、そして社会的脆弱性を見つけていこうとしています。

 多面的な問題を抱えやすく、自立障害や死亡を含む健康障害を招きやすいハイリスク状態であるフレイルの改善には、早期発見・対策がひとつの鍵となるのです。

フレイル対策に漢方薬が役立つ?

 そんなフレイルの早期対策には、漢方薬が役に立つこともあります。健康な状態と要介護状態の間で、身体的機能や認知機能の低下が見られる状態である「フレイル」は、漢方医学の概念である「腎虚」と似た概念であり、漢方が得意とする治療分野だといえます。実際、フレイルのさまざまな要素に対する漢方薬の実証報告もあります6)。フレイルに対する漢方薬のメリットと、有効とされる漢方薬を以下に紹介します。

フレイルに対する漢方薬のメリット① 栄養の補完ができる

 まず、フレイルの治療は、基本的には薬を使わないのが基本です。運動をしたり、食事で栄養をとったりといった生活習慣を改善して、フレイルの治療につなげることが重要です。しかし高齢者の場合、食事に偏りがあったり、そもそも食事の全体量が少なかったりと、本来は食事で摂取できるはずの栄養が不足してしまうことがあります。そうした栄養を補完するために有効なのが漢方薬です。

 具体的には補剤と呼ばれるもの、例えば人参養栄湯(にんじんようえいとう) 補中益気湯(ほちゅうえっきとう) 六君子湯(りっくんしとう) など、いわゆる「気虚」の治療薬とされているものが有効とされています。個々の漢方薬の特徴は下記の通りです。

人参養栄湯
人参養栄湯は疲れがたまったり、体が全体的に弱ったりした人に用いられます。具体的には食欲不振、貧血、不安・不眠、寝汗などの症状に効果的です。咳、皮膚の乾燥、手足の冷え、下痢がある人にもよいとされており、フレイル治療の漢方薬として名前がよく挙がります。
補中益気湯
補中益気湯という名前には、中(胃腸の働き)を補い気(元気)を益す(増強する)という意味があります。疲労・倦怠感が激しいときに用いられる代表的な漢方薬です。気力、体力、食欲が落ちたときに効果的といわれます。
六君子湯
六君子湯も、食欲不振や全身の倦怠感に効果があるといわれる漢方薬です。胃がもたれて食べられないなど、比較的体力が低下した人の消化機能を支えます。

フレイルに対する漢方薬のメリット② ポリファーマシーを改善できる

 漢方薬を取り入れることで、今服用している薬の量を減らせる可能性があります。必要以上の数や種類の薬を服用することで、身体に副作用などの害が起こっていることを、「ポリファーマシー」といいます。高齢者の場合、いくつもの疾患があるために複数の医療機関を受診したり、服用している薬による有害事象を新たな病気の症状と誤認され、薬がどんどん増えていってしまったり(処方カスケード)ということが少なくありません。漢方薬はひとつの薬でいくつもの症状を改善することが期待できるため、一部を漢方薬に切り替えるなどして、治療を行います。また、フレイルの治療そのものについても、西洋医学の薬だけではうまくいかないことが多くあります。そうしたケースでも、漢方薬への切り替えや西洋医学の薬と漢方薬を組み合わせることを検討します。

 ただし、さまざまな生薬の組み合わせである漢方薬をいくつも処方すると、結局はポリファーマシーと同じことになってしまいます。漢方薬によるポリファーマシーを作らないよう注意することも大切です。

高齢者が漢方薬を服用する際の注意点

 高齢者が漢方薬を使う際には、ポリファーマシー以外にも注意すべき点があります。例えば、甘草を含む漢方薬には低カリウム血症とそれに伴うさまざまな病態を生じるおそれがあったり、生薬のひとつである黄芩を含む漢方薬では間質性肺炎を生じたりすることがあるとされています。そのほか山梔子(さんしし)を含む漢方薬を長年服用し続けると、静脈硬化性大腸炎を生じるおそれがあることが知られています6)。漢方薬を使用する際は有効性とともに、こうした注意点も考慮した上で正しく処方、服用することが重要です。

まとめ

 新型コロナウイルス感染症の影響もあり、ますます要注意なフレイル。しかし適切な対策を行えば症状の改善が見込めるのが特徴でもあります。運動習慣や食事による栄養の摂取などの非薬物療法を基本としつつ、漢方薬の力も借りながら、フレイルを治療していきましょう。

参考
  1. 平成30年版高齢社会白書(概要版)│内閣府<2020年9月17日閲覧>
  2. フレイル診療ガイド CQ1. フレイルとはどのような状態か?(フレイルの定義とは?)|日本サルコペニア・フレイル学会<2020年9月17日閲覧>
  3. 健康日本21推進全国連絡協議会 平成30年度 第2回分科会講演抄録<2020年9月17日閲覧>
  4. Vigelsø A, et al. J Rehabil Med 2015; 47(6): 552-560
  5. Yamada M, et al. J Nutr Health Aging 2020; 23: 1–3
  6. 日本老年医学会ほか編. 高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015, 2015; メジカルビュー社. P139-151

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