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在宅介護と漢方薬(1)高齢者の介護に漢方薬を役立てる3つのポイント

公開日:2022.03.07
カテゴリー:病気と漢方

介護が必要な状態になっても、住み慣れた自宅で療養したいと考える人の数は、年々増加しています1)。内閣府が以前行った調査でも、「最期を迎えたい場所」について半数以上が「自宅」と答えており2)、在宅医療や在宅介護の需要は、今後もさらに高まっていくことが考えられます。漢方薬の中には、そうした在宅で療養を受ける高齢者の助けになるものが多数あります。今回は、漢方医学に造詣が深く、グループ内に居宅介護支援事業所および訪問介護事業所も構える、あきば伝統医学クリニック院長の秋葉哲生先生に、在宅で療養をしている高齢者の疾患の中でも特に多い、認知症に対する漢方薬の役立て方について伺いました。

高齢者と相性がよい漢方薬

――加齢に伴うさまざまな心身の機能低下と漢方薬の相性のよさは、ここ数年で周知されてきていると思いますが、在宅で療養をしている認知症患者さんにはどのような漢方薬が有用なのでしょうか。

秋葉先生(以下、秋葉):認知症の患者さんの中には、意欲低下、うつ症状、ひとり歩き、幻覚、妄想などの精神症状や行動異常など、「認知症の行動・心理症状(BPSD)」を伴う人もいます。そうしたBPSDの改善に、漢方薬が効果を発揮することがあります。中でも抑肝散(よくかんさん) は有名で、BPSDに対する幅広い有効性が確認され、エビデンスも多く出ています。ほかにも、夜間に興奮して歩き回ってしまったり、眠れなかったりする場合には桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう) が用いられます。また、高血圧や脳血管障害に伴う頭痛の改善などによく用いられる釣藤散(ちょうとうさん) は、脳血管性認知症患者さんにおける睡眠障害やせん妄、幻覚・妄想への効果も報告されています3)

――口の中の食べ物や飲み物をうまく飲み込めない、嚥下(えんげ)障害も心配です。

秋葉:嚥下障害は脳の複数の血管が詰まることで起こる多発性脳梗塞や、脳幹部を含めた脳梗塞・脳出血などの脳血管障害が原因になっているほか、唾液分泌の低下によって起こっている場合も少なくありません。そのような症状の改善には半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)が有効なことが多いです。
ですが、実際に嚥下障害に対して半夏厚朴湯を使用する場合は少し注意が必要です。服用時、顆粒状になっている漢方薬のエキス剤がのどにつかえて、かえって誤嚥を引き起こすことがあるからです。なので、誤嚥を改善しようと無理して半夏厚朴湯の服用にトライするよりは、誤嚥に気をつけながら食事をとるようにしたほうがよいかもしれません。

在宅介護に漢方薬は役立つ?

――先生は、在宅で介護を受けられている人にも、積極的に漢方薬を用いられているのでしょうか。

秋葉:そうありたいとは思っていますが、正直に申し上げて、在宅で療養されている人に漢方薬を用いることは、そう簡単ではありません。その理由は大きく2つあります。
1つめは、服薬の管理が難しいことです。漢方薬は剤形(薬の形状)、飲むタイミング、味などが独特です。まず剤形ですが、漢方薬のエキス剤は基本的に顆粒または粉剤で、認知症患者さんにとっては飲みづらい形状といえます。先ほどお話ししたように、うまく飲み込めず誤嚥を起こしてしまう場合も少なくありません。また、多くの西洋薬は「食後」に服用するのに対し、漢方薬は「食前」または「食間」の服薬で、それも管理を難しくしている原因のひとつです。介護を担う側のご協力がなければ、飲み続けるのが難しいでしょう。また、漢方薬の味は、認知症が始まってから飲み始めた場合は特に、拒否感を示す人が多い印象です。

――漢方薬の味に拒否感を示す人には、食べ物に混ぜるとよいとも聞きますが。

秋葉:かぜの治療などで一時的に服用するだけなら、その方法もよいのですが、毎日服用し続ける場合、食べ物に混ぜる作戦はうまくいきません。われわれも以前、漢方薬を服用したがらない認知症患者さん向けに、漢方エキスを加えたカカオ味のゼリーを作ったことがあります。たしかにデザートのように食べてもらうことはできましたが、作るのに手間がかかることや、衛生上の問題を引き起こしかねないこと、毎食同じデザートになってしまうことなどから中止となりました。

――難しいですね。しかし一剤で多様な効果をもたらす漢方薬を用いることができれば、服用する薬の数を減らせて、服薬管理が楽になるのではと思うのですが。

秋葉:たしかに漢方薬をうまく用いることができると、減薬できる可能性があります。ですが、それが思うようにいかないこともあるのです。なぜかというと現在、多くの認知症患者さんが服用している降圧剤や脂質異常症(高脂血症)の薬、これらにかわる漢方薬がないことが原因です。血圧を下げたり、血中コレステロールおよび中性脂肪を低下させたりする作用のある薬は、漢方薬にはほとんどありません。適応があっても、それはBPSDの改善を目的にしたものであって、血圧や血中の脂肪分などに直接影響を与えるわけではないため、降圧剤そのものの服用は中止できません。そのためBPSDの改善という目的で漢方薬を飲むようになると、減薬どころか、かえって薬を増やしてしまうことになりかねないのです。これが在宅介護で漢方薬を用いるのが難しい、2つめの理由です。

在宅介護に漢方薬を役立てる3つのポイント

――そうなると、在宅介護で漢方薬を用いることはできないのでしょうか。

秋葉:難しいですが、できないわけではありません。それには以下の3つの条件を満たすことが必要だと私は考えます。

  1. 患者さんご本人が漢方治療のメリットを理解し、積極的に服用すること
  2. ご家族が同様な理解をもち、服用を援助すること。たとえば熱湯にエキス剤を溶いて準備するなどの支援が可能なこと
  3. 認知症があまり進行していない時期から、習慣的に漢方薬を服用する状況を整えておくこと

この3つがそろっていることが大切です。これは、かつての患者さんの様子をヒントに考えました。

――その患者さんはご本人もご家族も、漢方薬の服用に積極的だったのでしょうか。

秋葉:はい、在宅で、ご家族が介護を担っているケースでしたが、漢方薬による治療をうまく進められた、希有な例でした。
認知症を患った98歳の女性の患者さんで、初診時には脂質異常症の治療薬および少量の降圧剤なども服用されていました。ですが、夜間のひとり歩きなどを伴うBPSDの治療を目的に、桂枝加竜骨牡蛎湯を1日1包(2.5g)、就寝前に服用するようにしたところ、歩き回ることがなくなり、症状が安定したため、継続して服用をすることにしました。それまで飲んでいた脂質異常症の薬や降圧剤は、体調を見ながら少しずつ量を減らしていき、最終的には漢方薬のみで治療ができていました。
1日1包とはいえ、漢方薬のエキス剤を誤嚥しないようお湯に溶いて飲ませるというのは、介護をするご家族にとって決して楽ではなかったと思います。患者さんご本人も認知症でありながら「この薬を飲むと体が楽になる」と桂枝加竜骨牡蛎湯の薬効をご理解いただけていました。それがあったので、拒否することなく飲み続けられたのでしょう。そうしたご家族の理解と患者さんご本人の積極的な服用姿勢がなければ、難しかったはずです。

――介護する側・される側ともに、漢方薬のメリットをしっかりと理解しておくことが大切なのですね。

秋葉:認知症になる前から、自身の健康を維持する目的等で服用を始めて、漢方薬に慣れておくことも必要です。認知症が進んでからでは先ほどお話ししたように、漢方薬の味に拒否感を示したり、薬効を信頼できなかったりして、服用が困難になりやすいです。しかし、認知症がまだ軽い時期から漢方薬の服用を“習慣”にしておけると、スムーズに飲み続けることができます。この患者さんのように一剤で済むのは、かなりまれですが、うまくいけば薬の量を減らすことができ、介護する側の負担の軽減にもつながります。
在宅介護と漢方薬は決して相性がよいとはいえないものの、先ほど挙げた条件がそろっているご家庭であれば、トライしてみてもよいでしょう。

参考
  1. 厚生労働省│第1回全国在宅医療会議 参考資料2 在宅医療の現状 p7<2022年3月7日閲覧>
  2. 内閣府│「平成24年度 高齢者の健康に関する意識調査」結果(概要) p8<2022年3月7日閲覧>
  3. Terasawa K, et al. Phytomedicine 1997; 4(1): 15-22

秋葉哲生(あきば てつお)先生
あきば伝統医学クリニック院長

医師。医学博士。千葉大学医学部卒業。国保旭中央病院を経て、1979年あきば医院を開院、1989年より現職。漢方は藤平健先生に師事。日本東洋医学会 漢方専門医・指導医/千葉大学大学院和漢診療学講座 客員教授を務める。

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