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後編:「オーラルフレイル」と漢方 ~口の衰えにも有効な処方とは~

公開日:2023.03.31
カテゴリー:病気と漢方

滑舌が悪くなったり、硬いものが食べられなくなったり、食事の際にむせるようになったりするなど、ささいな口の機能の衰えを指す「オーラルフレイル」。一見、全身の健康状態とは直接的な関係がないように思われるオーラルフレイルですが、この「口の機能低下」が起点となり、社会性の低下、感情・意欲の低下、身体機能の低下など、様々な面に影響をもたらすことがわかってきました(前編参照)。そこでオーラルフレイルの進行を抑制し、口腔機能を維持するために、東洋医学の考え方や漢方薬の服用が効果的であると注目を浴びています。歯科領域での漢方処方を30年ほど前から実践しているという、小澤歯科醫院院長の小澤夏生先生に、引き続きお話を伺いました。

歯科の訪問診療で漢方薬の処方を開始

小澤先生が初めて漢方薬を処方したのは、老人ホームの患者さんだといいます。当時は、歯科での訪問診療が始まったばかりで漢方が処方された前例もなく、手探り状態だったと振り返ります。

「『入れ歯の調子が悪いから診てくれ』という患者さんだったのですが、義歯を確認したところ、特に問題はない。でも、口内を診てみたら乾燥がひどかったのです。これが『入れ歯が合わない』と感じる原因かなと思い、老化に伴う不調に効果のある八味地黄丸(はちみじおうがん)を処方しました。歯科医としてはほかにできることがなく、正直なところ『義歯の不具合には効くかどうか分からないけれどやってみよう』という気持ちだったのですが、これがとても効果があり、患者さんの反応もよかった。そこで本格的に漢方を勉強しようと思い、慶應義塾大学病院の旧知の先生のもとで学ばせてもらったのです」(小澤先生)

漢方医学には、舌の色と形、舌苔(ぜったい)などを見て体調を知る「舌診」という診断方法がありますが、それは「舌」が、血液や体液の状態が反映されやすい部位で、体質や内臓の様子を映し出すと考えられているからだといいます。「そのようなことを勉強していく中で、“全身の状態が口腔に反映される”、“口腔内の環境は全身の健康と密接につながっている”ということを実感しました。そして、局所だけでなく全人的な治療が行える漢方薬を、歯科医も使わない手はない、と思うようになったのです」(小澤先生)

フレイルは、漢方でいう「腎虚」の状態

そもそもフレイル(心身の衰え)というのは、「漢方医学でいう『腎虚』の状態である」と小澤先生は説明します。漢方における「腎」とは、臓器としての腎臓ではなく、泌尿器系、生殖器系、内分泌系などの働きも含んだ、生命エネルギーの源とされます。その「腎」の働きが弱ったり衰えたりすることを「腎虚」といいます。

「中国最古の医学書『黄帝内経(こうていだいけい)』にも、腎虚によって起こるとされる症状について、脱毛や白髪、健忘、睡眠障害、難聴、腰痛、骨粗鬆症、排尿障害、下肢の冷え・だるさ、皮膚の乾燥など、フレイルの症状とよく似た症状が書かれています。漢方の世界では、すでに2,000年も前から、このように人が脆弱化・虚弱化していく状態を『腎虚』と捉えて、様々な対応をしてきたわけです。ですから、腎虚≒フレイルに対する治療経験は非常に豊富で、漢方の得意分野であると言えるでしょう」(小澤先生)

「オーラルフレイル」は、フレイルの“未病”

そして、そんなフレイル(≒腎虚)の前段階として、オーラルフレイルが存在します。

「オーラルフレイルの症状である口の中の渇き、しゃべりづらさ、食べ物の噛みづらさ、飲み込みにくさなどの不快な症状というのは、東洋医学的にはすべてフレイルの前段階、すなわち“未病”の状態と捉えることができます。未病への対処は、漢方の得意とするところ。このような時、口の中だけではなく体調全般を改善することで、困っている症状についても、結果として改善していこうとするのが漢方です。

ですから、私は歯科医ですが、患者さんの口の中だけでなく全身の様子を診ますし、今の症状に至った背景を知るためにも丁寧にお話を聞き取ります。漢方の診断方法のひとつである『望診』は、目で見えないものを診ていくものだと思っているので、患者さんの心まで診るような気持ちで、その人に合う漢方薬を処方しています」(小澤先生)

実際に使っている漢方薬の処方例

小澤先生が実際の診療で使用している漢方薬の処方について、症例を伺いました。

【症例1】70代・女性

主訴
口腔乾燥、義歯の不調、うまく噛めない
既往歴
膀胱下垂、高血圧、睡眠障害、子宮脱
現病歴
初診半年前から乾燥感が顕著になり、義歯の不調を訴え、義歯調整を中心とする歯科治療を行うも、改善せず、義歯が不安定になった。日常生活においてイライラや食欲不振、不眠が重なり、体重の減少もみられた。
生活背景
夫は介護老人保健施設に入所、娘は市内に別居で、本人はひとり暮らし。以前の歯科では、義歯の作り替えを勧められた。しかし、娘が一緒に歯科へ行き、これは義歯が悪いのではなくて、口の中が悪いのではないか、と思い受診に至る。
処方薬
「十全大補湯」→「抑肝散加陳皮半夏」に変更
経過
全身の衰弱を改善する補剤の十全大補湯を服用するも、あまり効果が見られなかった。イライラの訴えが強かったため、神経の高ぶりを抑える抑肝散加陳皮半夏に切り替えたところ、改善が見られ、食べること、寝ることができるようになった。体重も若干増えた。元気になると、行動も活発になり、その後娘から「入れ歯を作り替えてほしい」との要望があった。新しく作った入れ歯で、カラオケに行ってきたと報告あり。

【症例2】60代・女性

主訴
口内炎、顎関節症

既往歴
5年前にめまいで五苓散処方(耳鼻科)

現病歴
以前から、再発性の口内炎と顎関節症が出ており、その都度漢方を処方していた。今回は、その2つが両方出たと受診。食べていられない。顎関節の症状として、口は二指半ひらくが、噛むと激痛が走る。カクカクと音もする。その他、悪夢をよく見る、中途覚醒がある、イライラもある。

生活背景
義母の介護をしなければいけないが、夫が非協力的。二人目の孫が生まれるので、一人目を世話しなくてはならない…など、ストレス過多な状態。

処方薬
「温清飲」→「四物湯」を追加

経過
温清飲を2週間服用したが、改善しない。そこで、温清飲に四物湯を追加した。温清飲自体は、黄連解毒湯と四物湯をあわせたもの。イライラのほうは黄連解毒湯でまかなえるが、痩せていること、かなり消耗している様子から、血の不足を補う四物湯をさらに足した。
そこから1か月の服用で、左の顎関節の症状が消失。口内炎に変化はない。そこからまた1か月後、顎関節の症状はストレス(義母が老人ホームから帰ってきてイライラするなど)があると悪化するが、安定してきた。口内炎は回復が早くなった。処方を半年継続したところ、徐々に回復していった。

むせる、引っかかる…漢方を飲む際の工夫は?

このように、口腔領域の不具合にも効果を発揮している漢方薬ですが、オーラルフレイルや、その前段階の人たちは、口の機能が衰えはじめていることもあり「粉薬(エキス剤)が飲みにくい」という訴えもあるとのことです。「そんなときは少しの工夫を提案する」と小澤先生は話します。

「口の中に粉が残ってしまったり、喉に粉が詰まったり貼り付いてしまうなら、白湯と一緒に飲むか、水に溶かしてから飲むのがおすすめです。もし、水でむせてしまう場合は、とろみをつけると飲みやすくなります。市販の服薬用ゼリーに混ぜるのも、喉の引っかかりが軽減されるので良いですね。

また、食べている途中でむせる人は、食べるひと口分が大きくて、飲み込める許容量とアンバランスになっている場合があります。そういう時は、嚥下の指導で『ひと口分を小さくする』というように伝えます。ですから、薬がなかなか飲めないようなときも、小分けにすると飲めたりするのです。1包を『半分ずつ』とか『1/3ずつ飲んでね』と話すなど、一人一人に合わせた細やかな配慮も必要です」(小澤先生)

そして、若い人でも薬を飲み込みにくいと感じた場合は、「飲み込む力が落ちてきた」というサインかもしれないと小澤先生は指摘します。そんな場合は、意識的にのどぼとけを上げる運動を行うと良いそうです。

「飲み込む際、『ゴクン』としたら、のどぼとけが上がりますよね? そのまま3~5秒キープしてから、下ろすというのは良い訓練です。上げたまま我慢してキープしている間にのどの筋肉が鍛えられ、飲み込む力が強くなります」(小澤先生)

養生や未病の考え方がオーラルフレイルの予防につながる

前述のような口腔体操、舌圧の訓練や発音訓練、硬いものも積極的に食べるような食生活指導など、オーラルフレイルへの対策・予防策は徐々に増えてきています。
漢方医学には「未病」や「養生」という考え方がありますが、同じようにオーラルフレイルに関しても「予防」に取り組んでほしいと小澤先生は話します。

「口腔のトレーニング等ももちろん実践していただきたいのですが、オーラルフレイルの一番の対策となるのは、やはり定期検診。なぜなら、定期的に歯科に通うことで、医療者がその方の“わずかな変化”や、“ささいな衰え”を発見しやすくなるからです。

例えば、歯のクリーニングで3か月に1回ほど通う方がいるとします。今までは毎回何もなく大丈夫だったけれど、今回はなんだかちょっと水にむせている。それが、定期的に通っていない人だと『あぁ、もともとむせる人なのだな』と思ってしまいますが、通ってくれている人ならば、スタッフや医師が変化に気づけます。そこで『どうしました?』と聞いたら、『2か月前くらいにけがをして、あまりスポーツジムに行けなくなったんだよね』…なるほど、筋力の衰えや会話の不足が原因か…と気づくこともあります。

ぜひ、専門家や漢方の力も借りながらオーラルフレイルを予防して、『なんでも食べる』・『元気に人と関わる』ことのできる口腔機能を維持していってください」(小澤先生)

小澤夏生(おざわ・なつお)先生
小澤歯科醫院 院長
東京歯科大学卒業。歯学博士。慶應義塾大学医学部 非常勤講師。日本歯科東洋医学会 専門医・指導医・理事。日本口腔内科学会 専門医・指導医。日本歯科心身医学会 指導医。

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