フレイル・サルコペニア対策での漢方医学の役割~漢方薬の抗サルコペニア効果について<第58回日本老年医学会学術集会レポート>
フレイルとは、高齢期に生理的予備能(日常生活で必要な能力と、運動時などに必要となる能力の最大値の差)が低下することにより、ストレスに対する脆弱性が増し、機能障害、要介護状態、死亡などに陥りやすい状態のことです。フレイルには、ロコモティブシンドロームや加齢に伴って筋肉が減少する病態であるサルコペニアを背景にした身体面、うつ・認知症を背景にした精神・心理面、独居や閉じこもりを背景にした社会面が挙げられています。全人的医療を掲げる漢方医学は、まさに、これらの問題に包括的に取り組むことが可能であると考えられます。
漢方医学では、加齢による骨粗しょう症や腰の痛みやしびれといった症状を「腎虚」と呼びます。大阪大学大学院医学系研究科漢方医学寄附講座准教授の荻原圭祐先生は、サルコペニアを腎虚(じんきょ)の一症状と考え、マウスに牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)を投与し検討しました。その結果、牛車腎気丸を服用させると筋委縮が改善したことが分かりました。別の試験によって、牛車腎気丸はヒトにおいても抗サルコペニア効果を有する可能性が示唆され、牛車腎気丸の持つ抗サルコペニア効果はフレイルの身体面での予防や治療に有望であると考えられることが分かりました。金沢市で開催された第58回日本老年医学会学術集会「漢方実践セミナー 高齢者医療における漢方薬~効果的な使い方、今後の可能性を探る~」で、荻原先生がフレイル・サルコペニア対策における、牛車腎気丸のもつ可能性について述べた講演をご紹介します。
2000年前の医学書にも記載されていたフレイルの概念
超高齢社会に直面するいま、フレイルやサルコペニアに注目が集まっています。フレイルは、身体面・精神・心理面、社会的側面を含む概念で、身体面においては筋肉が注目されています。そして、サルコペニアの定義は高齢期における筋肉減少、筋力低下で、80歳以上では50%以上が罹患しているとされます。サルコペニアに肥満が重なると、心血管イベントの確率が上昇します。
栄養状態、加齢に伴う炎症、ホルモンレベルの関係、COPDや糖尿病などの慢性疾患などもサルコペニアと関連しており、サルコペニアを引き起こした後、フレイルが進行します。サルコペニアに関してはさまざまな介入研究がされていますが、これまでのものに、決定打となるものはありませんでした。
漢方医学がフレイル対策で期待されるのではないかと考えたのは、2000年ほど前の本である「黄帝内経素問」に「筋骨が緩んで筋力が低下して、生殖能力が衰えて、髪が白くなって、身体が重くなって、歩行はよろけてくる」という、フレイルにあたるような記載が書いてあることが大きな理由の1つです。
漢方医学で考えられる五臓の概念は、身体のシステム概念として捉えると分かりやすくなります。肝は内分泌代謝系、心は循環器系、脾は消化器系、肺は呼吸器系、腎は泌尿器・生殖器系プラス、生命エネルギーと考えます。フレイル対策で重要なのが「腎」です。腎の働きは、基本的には人の意志を支配する生命力のようなものと考えられていますが、老化現象というのはこの腎の働きが衰えている状態、というように考えられています。
この腎の働きが弱っている、いわゆる「腎虚」によっておこる諸症状に、脱毛、難聴、皮膚の乾燥、排尿障害、下肢の冷えなどがあります。それぞれに薬を処方していては、まさにポリファーマシー(多剤併用)の問題が起こってくるのですが、漢方では六味丸(ろくみがん)、八味地黄丸(はちみじおうがん)、牛車腎気丸などの「補腎薬」が横断的にカバーします。この効果について、老化促進マウスを使って調べたのが今回の研究です。今回の研究を始めたきっかけは、昭和漢方の復興の立て役者といわれる大塚敬節先生の「漢方診療三十年」という本です。その中にこのような症例が紹介されていました。
これはもしかしたらサルコペニアにもいいんじゃないかなと思って研究を始めました。
サルコペニアに漢方が重要な役割を果たす可能性
研究を開始するにあたり、仮説としては、サルコペニアが腎虚概念のひとつにあたるのではないか、そうならば代表的な補腎剤である牛車腎気丸が有効である。さらに老化促進マウスが、サルコペニアモデルとして適切ではないかと考えて実験をしました。
認知症モデルの老化促進マウス(SAMP8マウス)に8週齢から牛車腎気丸を食べさせたものと、対照群として遺伝的背景が同一のコントロールマウスに普通食を与えたものを38週まで飼いました。老化促進マウスでは、サルコペニアに特徴的である筋萎縮と線維化、速筋の減少が確認され、サルコペニアモデルとして適切であることが確認されました。また、牛車腎気丸を服用させると筋萎縮が改善されました。
また、別の研究ですが、六君子湯でも老化促進マウスの寿命を延長して、筋委縮を改善するといった報告もあります。このようなことからも漢方がサルコペニアにはなかなか有効だということが言えるのではないでしょうか。
牛車腎気丸はサルコペニアだけでなく疼痛も改善する可能性
著効例を紹介します。74歳の女性で、以前から体内でのエネルギー代謝に関わっている酵素である、CPKの上昇を指摘されていました。来られたときは、握力はそれぞれ13キロと12キロ、片足で立てない状態でした。サルコペニアそれ自体の診断は実臨床ではなかなか難しいのが現状です。そこで、ロコモティブシンドロームの診断で使う、「ロコモ25」と呼ばれるロコモ度テストで評価を行いました。すると、ロコモ25は23点、ロコモ度は2という状態でした。牛車腎気丸を使ったところ、CPKは低下、さらに驚いたのが握力の大幅な上昇でした。短期間で10kg以上良くなって、びっくりしました。歩幅と立ち上がりテストについてはだいたい維持されている感じでした。ただしロコモ25の推移に関しては、23点から大きく下がりました。どれぐらい休まずに歩けるかという質問では、最初は300メートルくらいでしんどかったのが、だいたい2~3キロ歩けるようになっていました。
面白いのは、ロコモ25の質問で、痛みについての質問があるのですが、牛車腎気丸を飲み出してから、痛みの程度が良くなってきていたのです。実際、牛車腎気丸は実際疼痛管理にも使われますが、漢方医学では「腎」の働きに、「腎は骨をつかさどり、髄を生じ、脳に通ず」とあります。牛車腎気丸は、脊髄や脳に影響する可能性が考えられます。そこで疼痛モデルマウスを使った研究で、機械的刺激に対する過敏性と、寒冷・熱刺激を評価しました。すると、牛車腎気丸を投与したマウスでは疼痛行動が有意に抑制されていました。
最後にもう1つ、大塚先生の本から。
こういった宿題を出されています。
大阪大学としては先生の宿題に応えられるように今後も研究に励んでいきたいと思っている次第です。