新型コロナと嗅覚障害 後編 漢方薬の服用と嗅覚刺激で嗅神経細胞の再生を促す

[病気と漢方] 2022/03/31

新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)や、その後遺症の特徴的な症状として話題になった嗅覚障害は、「嗅細胞」という、においを感じる細胞がダメージを受けたり、再生がうまくいかなかったりすることによって起こっていることがわかってきました。しかしメカニズムがわかっても、長い間、嗅覚の異常に悩まされている人は、希望が持てなくなることもあるでしょう。後編となる今回は嗅細胞の再生を促し、嗅覚障害の症状を改善できる方法を、嗅覚障害について長年研究されている、金沢医科大学耳鼻咽喉科学 主任教授の三輪高喜先生に伺いました。

痛んだ食べ物を食べる、ボヤを起こしやすい……日常生活にひそむ嗅覚障害の影響

――今回は嗅覚障害の改善方法についてお伺いしたいのですが、その前に、嗅覚障害がもたらす影響について教えてください。嗅覚に異常がある場合、日常生活にどのような影響が生じるのでしょうか。

三輪先生(以下、三輪):2021年の2月~5月にかけて行った研究1)によると、最も多かったのは「以前よりも飲食を楽しめなくなった」という回答でした。約8割の人がそう答えています。料理や食材のにおいは、食事を楽しむ要素のひとつですから、それが欠けることで楽しめなくなるのでしょう。その影響もあるのか「食べる量が以前より減った」「体重が変化した」と答える人も半数以上いました。

長期にわたり嗅覚障害が生じるのは比較的高齢の人に多いため、体への影響が及ぶ可能性もあります。例えば、量が減る以外にも、においがわからないと味付けが濃くなる傾向があり、塩分や糖分過多になる可能性も考えられます。
食事関連では、ほかに「ガスや腐った食べ物などが怖くなった」と回答していた人も4割近くいました。においで食べ物の傷みを判別できなくなるので、痛んだ食べ物を食べてしまうことがあったり、焦げたにおいやガスのにおいにも気付きにくかったりして、ぼやを起こしそうになったこともあったそうです。嗅覚に異常のある期間が長期にわたると、さまざまな細かい影響が生じてくるため、できるだけ早めに改善したいところです。

1年で8割が改善、嗅覚障害に有効な当帰芍薬散

――前回、長引く嗅覚障害を早く治すために、患者さん本人ができることとして、漢方薬の服用と、においを感じやすくするためのトレーニングがあると伺いました。それぞれの具体的な方法を教えていただけますか

三輪:まず漢方薬の服用ですが、当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん) という漢方薬が有効だということがわかっています。2009~2016年にかけて自院で行った調査では、感冒後嗅覚障害を訴える患者さんに当帰芍薬散を服用してもらったところ、3か月で3割以上の人に改善がみられ、1年服用を続けた人は約8割が改善したという結果となりました。当帰芍薬散を服用した群は自然治癒の群と比べ、嗅覚障害に対する高い治療効果が得られており、通常、嗅覚障害の治療で使われるステロイド薬と比較しても、当帰芍薬散のほうが高い効果を示しています。

においをたくさんかぐと、嗅細胞の再生が促される

三輪:漢方薬以外にも嗅細胞の再生を促す方法があります。それは強いにおいをかぎ、嗅覚をトレーニングする方法です。強いにおいをたくさんかぐと、嗅細胞の再生が促され、においを感じやすくなることがわかっています。

――においを積極的にかいだほうが、嗅細胞が再生されやすくなるというのは興味深いですね。

三輪:このトレーニング方法は近年ドイツで考案され、「嗅覚刺激療法」と呼ばれています。朝食の前と夜寝る前の1日2回、レモン、ユーカリ、バラ、クローブのにおいを、それぞれ10秒ずつかいで、再生を促します。このトレーニングを行った群とそうでない群とを比較すると、トレーニングを行った群のほうが、改善効果が高いという結果が出ています2)
これにならい、家庭でも入手しやすいコーヒーや入浴剤、アロマオイルなどの強いにおいを、1日に何度か意識的にかぐと、嗅覚の改善が促されると考えられます。

ただ、後遺症として残る嗅覚障害は、においを感じないのではなく「においは感じるけれど本来のにおいとは違う、変なにおいがする」という、質的嗅覚障害であることが多いため、普段ならよいと感じるにおいのものでも嫌なにおいに感じられ、トレーニング自体を続けるのがつらいという人がいるかもしれません。
嫌なにおいを嗅ぎ続けるのはつらいかもしれませんが、少しの我慢で続けられるようであれば、続けたほうがよいでしょう。質的嗅覚障害は、先ほどもお話ししたように、食べ物のにおいが気になるせいで食欲や食事量が減少し、健康を害してしまうことも少なくありません。それを防ぐためにも漢方薬やトレーニングで、できるだけ早く改善したほうがよいでしょう。

希望を持って、治療を続けてほしい

――ここまでお話を伺い、嗅覚障害の改善が長期戦になる理由がよくわかりました。

三輪:嗅覚障害が短期間で劇的に改善する治療法は、現状見つかっていません。したがって当帰芍薬散の服用や嗅覚トレーニングをコツコツ続けるのが、改善に向けた一番の近道といえます。嗅覚障害が長引くと、「においを感じない」「嫌なにおいしかしない」といった「できない」ことに目が向きがちになるかもしれませんが、においを感じる細胞は日々再生しています。最初にもお話ししたように当帰芍薬散の服用を1年間続ければ、約8割の人が嗅覚の改善を実感しています。少しずつ正しいにおいを感じられるようになっているはずなので、「できるようになったこと」に目を向け、治療を続けるモチベーションにしていくとよいでしょう。あきらめずに希望を持って、治療を続けていただきたいです。

参考

  • 1) 厚生労働行政推進調査事業費補助金 厚生労働科学特別研究事業「新型コロナウイルス感染症による嗅覚、味覚障害の機序と疫学、予後の解明に資する研究」令和2年度 総括研究報告書(研究代表者:⾦沢医科⼤学⽿⿐咽喉科教授 三輪⾼喜)
  • 2) Hummel T. et al. Laryngoscope 2009; 119: 496-499

三輪高喜(みわ たかき)先生
金沢医科大学副学長/耳鼻咽喉科学 主任教授

医師。医学博士。富山医科薬科大学卒業後、金沢大学大学院修了。専門分野は耳鼻咽喉科学。主な研究テーマは嗅覚・味覚障害の臨床、基礎研究。日本鼻科学会「嗅覚障害診療ガイドライン」作成委員会委員長。金沢医科大学病院副院長などを経て、2016年より金沢医科大学副学長を務める。
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