
漢方で寄り添う妊娠・出産 ~産婦人科医が語る現代女性の健康と東洋医学の可能性~
産前産後や妊娠・出産時のトラブル、不調は昔に比べて増加傾向にあると指摘する医療関係者は少なくありません。こうした問題に対処する際、西洋薬だけでなく、漢方薬の併用もしくは単独使用が有用なケースが多いとされています。そこで今回は、かしわの葉レディースクリニック院長で産婦人科・漢方婦人科医の岡村麻子先生にお話を伺いました。
東洋と西洋の最適な治療の融合を目指して開業
2021年に自らのクリニックを設立された岡村先生には、揺るぎない漢方への思いがありました。
「病院勤務の頃も、東西結合医療を目指してまいりました。前職では、同僚の理解もあり妊娠初期から分娩、産後までトータルに妊婦さんに関わることができました。しかしながら、より女性が癒される『家』のような場所で診療をしたいという希望がありました」(岡村先生)
その結果、東洋医学と西洋医学を組み合わせた統合的な医療アプローチを実践できる開業医の道を選んだ岡村先生。さらに、立地やクリニックの内装にもこだわりがあったといいます。
「開業の地に選んだ柏の葉は、かつて私が研修を受けた千葉大学の東洋医学研究所があった、昔からのゆかりの地です。また、昨今はスマートシティ構想が進められ、環境やエネルギーなどさまざまな分野で新たな試みが続々と行われています。そうした最先端の発展を遂げる街の中に、あえて何千年も前の東洋医学の知恵や発想を入れることで、皆さんがもっと元気になるのではという想いもありました」(岡村先生)
「内装は日本の本物の木、壁は桜島の灰からつくったシラス壁、ドアを入ってすぐには秘密基地のような畳張りのお子さんの遊ぶスペースを設けました。診察ベッド、待合の椅子も畳敷きです。硬くて不都合かもしれないのですが、古き良き日本の家にいつでも戻ってきてほしいという願いを込めました」
デジタルが発展して便利になる一方で、人間が置いていかれているような感覚を持つこともあります。実際に、発展のスピードに乗れず体調を崩している女性も少なくないと岡村先生は指摘します。
「自然と調和を保ちながら過ごすことが、男性も女性も健康につながる(天人合一:てんじんごういつ)のだと思います」(岡村先生)
現代女性の多くが「妊娠に適さない状態」
岡村先生は現代日本女性の多くが妊娠に適した状態にないことに警鐘を鳴らします。
「昨今、多くの女性が以下のような要因により心身に大きな負担を抱えています。
例えば、過度なダイエット、ファッションの薄着化、仕事・人間関係等のストレス、出産の高齢化などです。
これらの要因により、心身のバランスが崩れ、体に必要なものが足りていない状態(虚証)の女性が増えていると感じます」(岡村先生)
虚証の人は体を温める力が弱いため冷え症になりやすく、女性の7~8割が冷え性を自覚しているとする調査もあるようです。
「太古の時代から自然な営みとされる妊娠・分娩は、本来医療行為を必要としないはずです。長きにわたり多くの妊産婦さんと出会ってきましたが、昔は今ほど妊娠・出産時のトラブルはなかった印象です。過去と比べると、現代女性の多くが虚証という、いわば『妊娠に適さない状態』にあることが一因にあると考えています。加えて、医療の発展により、従来は妊娠が困難だった方々でも妊娠が望めるようになりました。これは素晴らしい進歩ですが、同時に、より慎重な妊娠管理が必要なケースも増えていると考えられます」(岡村先生)
周産期に漢方を用いることのメリットと注意すべき点
妊娠自体は喜ばしいことなのに、それが大きな負担となってしまう……そうした女性の方たちにとって漢方は強い味方になると岡村先生は言います。
「漢方は女性が産み、育てる力をサポートし、妊娠・出産・産後の各段階で女性の心身をサポートし、自然な生理的プロセスを整える効果が期待できる医療アプローチです。日本の周産期医療は世界でもトップクラスですが、漢方薬を取り入れることでより包括的なケアが可能になり、より豊かな妊娠・出産・産後につながると考えられます」(岡村先生)
具体的には、次のような点が産前産後や妊娠出産時に漢方を用いるメリットとされます。
「虚証という『元気が虚ろな状態』に対し、身体を温め、血流を巡らし、元気を補う作用のある漢方薬は、冷えを改善し、臓器の働きを助ける力を持っています。西洋薬はこうした作用を持たないため、まさに漢方薬の出番といえます。
また、個々人の状態(証)に合った漢方薬は、心身をバランスの取れた状態(中庸)に近づけます。妊産婦の方における中庸とは安胎、安産、良好な産後の経過を意味します。
さらに、精神と身体は切り離せず関連し合っているという『心身一如(しんしんいちにょ)』の漢方医学の考えに基づく漢方薬は、身体と心(メンタル)に同時に働くため、産前産後の心身の不調にも有効とされます」(岡村先生)
このほか、これまで対処が難しいとされてきた妊娠中のつらい皮膚症状や痛みの改善にも役に立つ場合があるそうです。
「一方で注意を必要とするのが、体にとって不要なもの(瘀血)を排出するための漢方薬(駆瘀血剤)の使い方です。妊娠時は血流が滞っており、ある意味、妊娠自体が瘀血という捉え方もあるため、駆瘀血剤の使用は流産の可能性を高めます。とはいえ、現在の漢方薬(エキス製剤)で妊産婦さんに禁忌のものはありません。服用する必要がある場合は、あくまでも専門医の指導のうえ、慎重に判断することが重要です」(岡村先生)
西洋薬との併用に関して
先述したとおり、岡村先生の治療方針は、東洋医学と西洋医学の利点を活かした最適なバランスの統合医療です。決して漢方だけに偏るものではなく、患者さんにとって最適な治療を選択しています。
「西洋薬と漢方薬を併用するケースのひとつが悪阻(つわり)です。西洋薬の吐き気止めだけで効果が得られる方もいますが、効きの悪い方や重症の場合などは漢方薬との併用が有用なことがあります。また、切迫早産(早産となる危険性が高いと考えられる状態)の際に用いる西洋薬は、動悸ほか副作用が多く、リトドリンのように世界的に使用を控える傾向がある薬剤もあります。そこで代替薬として、子宮収縮抑制作用があるとされる当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)1)が注目されており、実際、私のクリニックでもその効果を確認しています」(岡村先生)
当帰芍薬散に併せて、痙攣を鎮める作用のある芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)の頓服も有用1)とのことです。
後編では、治療における具体的な漢方薬の選び方や効果の目安、女性の漢方治療の将来展望などを紹介します。
(取材・文 岩井浩)
- 参考
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- 永光雄造ほか. 切迫早産に対する芍薬甘草湯の効果について. 産婦漢方研のあゆみ. 2017; 34: 160-163
岡村 麻子(おかむら あさこ)先生
柏の葉レディースクリニック 院長
