めまい経験者のめまい専門医・新井基洋先生に聞く Vol.1 高齢者に多い、フレイルを合併しためまいとの付き合い方
日本人の約2割が、めまいの症状を抱えているといわれます1)。しかし、「めまい」と、ひとくちに言っても、ふわふわした浮遊感を覚えることもあれば、グルグルと目が回るような感覚があったり、少し休めば治るものから、立っていられなくなったりするようなものまで、症状も強さもさまざまです。めまいの治療に長年携わっている、横浜市立みなと赤十字病院 めまい・平衡神経科部長の新井基洋先生は、めまいで悩む人が昨今増加していると語ります。
Vol.1では新井先生に、主に高齢者に多い、フレイル(虚弱)を合併しためまいを和らげる方法や、漢方薬の上手な使い方について伺いました。
65歳以上の3割超に「めまいの症状あり」
――そもそも「めまい」とは、どのような症状が起こることをいうのでしょうか。
新井:主なめまい症状の分類として、回転性めまい、浮動性めまいがありますが、バラニー学会(Barany Society)という世界的なめまいの学会が近年、体が安定しない状態を意味する不安定めまいを3つ目に分類しました。それぞれ具体的な症状を説明します。
回転性めまいは、遊園地のコーヒーカップに乗ったときのような、ぐるぐる回る感覚が続きます。忙しい状況を「目が回るような忙しさだ!」と例える慣用句がありますが、まさに忙しい日々が続くと、この回転性めまいが起こることがあります。浮動性めまいは、ふわふわとした感覚に襲われることが多いです。3つ目の、体のバランスが不安定になることによるめまいは、加齢などの影響による、耳の三半規管の隣にある耳石器(じせきき)というバランス感覚をつかさどる器官を中心とする平衡感覚の衰え、さらに視覚、筋力低下や骨、関節、神経の全身の変化で生じる体のふらつきによるものです。当院にも、「立ったり歩いたりすると、ふらついてゆれて大変」という人が大勢いらっしゃいます。近年、これらを指すものとして「加齢性めまい」2)と「高齢者の平衡障害」という概念が提唱されています。
――厚生労働省が行った「令和元(2019)年 国民生活基礎調査」でも、65歳以上の31.3%が、めまいの症状を訴えています1)。そして先生がおっしゃったように、男女比についても、めまいの症状があるとする65歳以上の男性が22.7%なのに対し、女性は38.4%と、1.7倍近い差があります。
新井:当院のめまい・平衡神経科に通院されている患者さんの平均年齢も65歳です。年々少しずつ上がっていて、今は80歳代、90歳代の患者さんも珍しくありません。もちろん若い人もいらっしゃいますが、多いのは65歳以上で、やはり女性のほうが多いです。当院では、女性の患者さんが男性の約2.5倍いらっしゃいます。
――圧倒的に女性のほうが多いですね。そこにはどんな原因があると、先生はお考えですか。
新井:ひとつには、女性ホルモンの影響があると思います。女性ホルモンは、閉経後も含め生涯にわたって女性に影響を及ぼします。若い人の場合、約1か月周期で女性ホルモンの分泌量が増えたり減ったりしていきますよね。ご高齢の場合は、そうした定期的な変動はありませんが、全体としての女性ホルモンの分泌量が「日々減っていく」という変化があります。女性ホルモンが「減る」という変化が、全身に影響してふらつき・めまいを引き起こすきっかけに関わっているのかもしれませんし、もともと女性ホルモンの分泌量が少ない男性は、「減る」という変化がないため、影響を受けにくく、結果めまいが女性より少ないのかもしれません。
女性ホルモンの低下は、骨密度の低下をもたらすことがあります。骨密度が低くなると「耳石(じせき)」という、耳の中にある重力や体の方向を感知する役割をもつカルシウムのごく小さな粒がはがれやすくなることがあるのです。耳石のはがれは、良性発作性頭位めまい症という、めまいの病気の原因になります。実際、良性発作性頭位めまい症の女性患者のうち、再発を繰り返す例は単発例と比べ骨密度が低かったという報告もあります3)。このように、間接的ではありますが、女性ホルモンの減少がめまいの発生に影響していることがあります。
――女性ホルモンの減少のほかに、女性のほうがめまいを発症しやすい原因になるものはありますか。
新井:ストレスも大きく関係していると考えています。女性も仕事を持つことが一般的になりつつありますが、家庭のこともいまだに女性が多く担っている現実があります。仕事も家事も育児も家族の世話も、結局のところ引き受けざるを得ない状況によるストレスの増加、さらにストレス自体の内容の多様化が女性のめまいの発症に影響しているとともに、男性よりもめまいが多いことの一因と考えられます。
フレイルを合併しためまいの特徴
――高齢の人に起きやすいという、ふらつきを伴うめまいについて、詳しく教えてください。
新井:体が前後左右にゆれるような感覚=ふらつきが1日中続くのが特徴です。一般的にふらつきは、耳石器の異常によって生じますが、脳や体の異常や機能低下によって起きることもあります。例えば、加齢により筋力や骨量が減少し、全身を支える身体機能が低下することで平衡感覚の異常が起き、めまい・ふらつきの症状が生じる場合も少なくありません。一種のフレイルといえます。
ここでフレイルの定義を復習しておきます。2001年に Friedらが提唱した、要介護の手前の状態を指します。以下の5項目のうち3項目を認めるとフレイルとなります4)。1)体重減少:6か月間で2~3㎏以上の減少、2)主観的疲労感:ここ2週間でわけもなく疲れる、3)日常生活活動量の減少:運動・体操はしていない、4)身体能力(歩行速度)の低下:1m/秒未満、5)筋力(握力)の低下:男性26㎏未満/女性18㎏未満。本邦の地域在宅高齢者のフレイル有症率は11.5%、予備群は32.8%といわれていますが、われわれの研究においては、慢性めまい患者31例中14例、つまり45.2%がフレイル合併であること、特に高齢者のめまい患者にはその傾向が強いことを報告しています5)。
さらに、めまい症状を訴える高齢者の数は、コロナ禍の影響で増加しています。COVID-19の感染拡大前後で、高齢者の1週間あたりの身体活動時間が約60分(約3割)減少したという報告がある6)ように、自粛生活による運動不足での筋力低下はめまいの悪化の一因と考えられ、ふらつき症状とフレイルを合併しためまい患者が増えた印象があります。
――高齢の人がめまいを発症した場合、治療にはどれくらいの期間が必要なのでしょうか。また、完治は可能なでしょうか。
新井:ふらつきを伴うめまいは慢性化しやすく、3か月以上治療しても病院を変えても、なかなか治らないケースが多いというのが、長年めまいの治療に携わっている、私の印象です。
また、いったん治ったと思っても残念ながら再発することが多く、そのことで患者さんが不安を感じることも少なくありません。
なお、「再発しやすい」というのはフレイルを合併しためまいに限らず、めまい症状全体にいえることです。先ほど紹介した、耳石がはがれることで生じる良性発作性頭位めまい症の場合、1年間の再発率が15%という論文7)もあります。当院の調査でも、フレイルを合併しためまい患者は半年では治りきらず、1年間は必要な治療(運動と栄養)が必要である結果を得ています。
フレイルを合併しためまいの治療とリハビリ
――治りにくく、再発しやすいめまいは、どのように治療していけばよいのでしょうか。
新井:めまいの治療は、薬による治療と、それ以外とに大きく分けられます。まずは薬以外の治療についてお話しします。
薬以外の治療で代表的なものは、めまいのリハビリです。慢性めまい対策のリハビリは、アメリカでは標準治療として取り入れられており、日本でも耳鼻咽喉科の専門医の講習として行われるなど、一般的になっています。
――リハビリを行うことで、どんな効果が得られるのでしょう。
新井:主に小脳という、運動機能の中枢となる部位を鍛えることができ、めまいによる平衡機能の左右差改善だけでなく、体の動作全体の機能向上が期待できます。
私たちは普段、体を動かすとき、無意識にバランスをとっています。バランスをとっていないと、ひっくり返ってしまいますよね。これを無意識に行っているのが「バランスの親分」ともいえる、小脳です。目、耳、足裏という3つの感覚器からの入力を小脳で統合し、体のバランスをコントロールしています。
――でも「リハビリ」と聞くと、つらそうなイメージがあります。
新井:そうかもしれません。決して楽なことではないですし、つらくて続かないという人も確かにいます。そんなときはこう考えてみてください。
人間の体をプロペラ飛行機に例えます。飛行機が私たちの体、左右のプロペラが耳の三半規管、そしてこれを操るパイロットを小脳とします。この飛行機のプロペラの片方が、エンジントラブルなど何かしらの影響で、回転が悪くなってしまった状態が、めまいです。パイロット、つまり小脳の腕がよいと片方のプロペラにトラブルが起きた、めまいの状態でもなんとか飛んだり、着陸したりすることが可能です。めまいのリハビリとは、こうしたパイロットの腕を少しずつ上げるためのトレーニングだと考えてください。楽して腕を上げようとするパイロットに、操縦を任せるのは不安ですよね。たくさん訓練をして、やっとうまくなるものです。大人になると、つらい訓練を受けるのは嫌なものですが、それをやらないとパイロットの腕は、いつまでたっても上達しません。上達しなければ、パイロットの腕を超えるめまいが生じたとき、対応することができないのです。そのときのために頑張って鍛えようと思えば、つらいリハビリも頑張れるのではないでしょうか。
めまいリハビリを行うと、それまで安静にするしかできなかった人も少しずつ、動けるようになっていきます。動くことは骨や関節、筋肉など、身体機能の向上につながります。そのため、フレイルを合併しためまいに悩む高齢の人にも、めまいリハビリはおすすめです。
――高齢者におすすめのリハビリを教えてください。
新井:フレイルの傾向が見られる高齢者には、立った状態で行うリハビリがおすすめです。おすすめのリハビリを3つほど紹介します。
つま先立ち
ふくらはぎを鍛え、筋力の衰えからくるふらつきを予防する効果が期待できます。壁に指をそえて立ち、両足でつま先立ち~ゆっくりかかとを下ろす動作を10回繰り返します。かかとを上げている時間が長くなるよう、できるだけゆっくり行うのがポイントです。ひとりで行うのが不安な人は、誰かに介助してもらいながら行うとよいでしょう。
新井基洋. めまいは寝てては治らない 第6版, 中外医薬社 2020; p.41
立位開眼片足立ち
立ち上がった姿勢から目を開けたままで、左右一方の足を上げ、片足立ちをします。不安な場合は、壁に手をつくなどして、支えてもよいでしょう。10秒キープしたら、足を変え、反対側も同様に行います。慣れたら10秒→15秒→20秒→……と少しずつ時間を延ばしていきましょう。支えなしで30秒できるようになればOKです。
新井基洋. めまいは寝てては治らない 第6版, 中外医薬社 2020; p43
50歩足踏み
立った状態で両手を肩の高さまで上げ、目を開けたままその場で50歩、足踏みを行います。慣れたら目を閉じて行ってみましょう。体が左右に傾いたり、前後に移動したりする場合は要注意です。50歩が怖いという場合は、20歩→30歩→40歩→……と段階的に増やしていきましょう。また、ふらつきが大きく転倒しやすい場合は、壁に両手をついたり、机などにつかまりながら行ってください。
新井基洋. めまいは寝てては治らない 第6版, 中外医薬社 2020; p39
リハビリの効果を上げる、前向きな考え方「認知療法」
新井:これらのリハビリを医師から言われてしぶしぶ行うのではなく、患者さん自身が自ら「治したい」「負けない」といった前向きな考えで行うことも大切です。それには、患者さんの考えを無理に修正することなく自然に前向きにする「認知療法」というものが有効です。時には、後ろ向きの考えを修正するために患者さんたちに「1日1個、よかったことをノートに書いてください」とお伝えし、少しずつ認知を修正する作業もやってもらっています。
――それは、想像していためまいの治療とは少し違います。
新井:これは、うつ病の治療に近いです。めまいに悩んで受診される人は、治らないことによる不安などから、ネガティブな考えになっていることが多いのです。リハビリを続けていくうえで、心を前向きに保つことはとても大切です。「夫が病院に付き添ってくれた」「コンビニの大福がおいしかった」など、なんでもよいのです。小さな幸せを見つけて、それを記すことで、心が元気になっていき、治療にもよい影響となって現れます。
フレイルを合併しためまいの改善に有効な漢方薬
――薬による、めまいの治療についても教えてください。フレイルを合併しためまいでは、先生はどのような薬を使って治療されているのでしょうか。
新井:多くのケースで漢方薬を使っています。高齢者などのフレイルを合併しためまいの場合は、まずは半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう)を選択し、明らかに食欲不振を伴う患者には補中益気湯(ほちゅうえっきとう)や人参養栄湯(にんじんようえいとう)の併用も考慮して治療をしております。
――それぞれ順に教えてください。まず、半夏白朮天麻湯にはどのような効果が期待できるのでしょうか。
新井:半夏白朮天麻湯は「胃腸虚弱で下肢が冷え、めまい、頭痛など」に適応がある漢方薬です。漢方の代表的な胃腸薬の六君子湯(りっくんしとう)に天麻という、ふらつきに効果のある生薬が入っているのが、半夏白朮天麻湯です。
めまいのある患者さんを、半夏白朮天麻湯を投与した群と、めまいの既存薬であるベタヒスチンメシル酸塩とを投与した群とに分け、めまいリハビリを1か月間行った結果を比較したところ、重心動揺検査計という機械を使った体の揺れやふらつきを見る検査で、半夏白朮天麻湯群が顕著な改善結果を示していました8)。特に65歳以上の高齢者では、その傾向がはっきり出ています。
半夏白朮天麻湯は胃腸によい薬がベースになっているため、めまいに伴う吐き気の改善効果も期待できます。実は私もめまい経験者で、半夏白朮天麻湯にはだいぶ助けられました。
――先生もめまいに苦しんだご経験があるのですね。
新井:はい、めまいの症状が出たとき、もっともつらかったのが、吐き気の症状でした。吐き気、嘔吐、食欲不振が消えると、トータルの苦痛が減り、めまいの症状がだいぶ楽になったという感覚になります。半夏白朮天麻湯は、そうした面でも有用な漢方薬といえます。
――補中益気湯や人参養栄湯はどうでしょう。
新井:補中益気湯は、虚弱体質、慢性疾患、術後などのさまざまな原因により体力が低下した状態に広く用いられる漢方薬ですが、めまいの治療においては、めまいそのものではなく、めまいの発症に伴って患者さんが抱える、食欲不振に伴う活気の低下や不安、さらに怒りやイライラといった感情の軽減に役立てています。慢性、つまり3か月以上の長期間にわたって生じるめまいの患者さんでは、めまいが続くことによって、怒りの感情の上昇や活気の低下が認められることがあります。活気の低下では食欲不振が生じる人もいます。そうした患者さんが補中益気湯を服用すると、食欲不振や活気低下の改善、怒りの下降効果が見られます。
人参養栄湯も補中益気湯と同様、めまいそのものの改善というより、高齢者の食欲不振を伴うフレイルの改善を目的としています。人参養栄湯には、筋肉量や筋質9)、骨格筋率10)の改善作用があるといわれる生薬が配合されています。めまいのリハビリという運動を併用することで、フレイルを合併しためまい・ふらつきの改善に、効果を発揮します。
――補中益気湯を処方する人と、人参養栄湯を処方する人との区分けは、どのように考えていますか。
新井:主に筋力低下があるかどうかで判断しています。フレイルには食欲不振も影響しますが、どちらかというと筋力低下の影響のほうが大きいです。先に述べたとおり、人参養栄湯には、筋力への効果が期待できるため、筋力低下があり、フレイルを疑う高齢の人には人参養栄湯を処方します。
一方、壮年期以前の、比較的若い人で食欲不振を伴い、元気がなく、不安やイライラがある人には補中益気湯を処方しています。
有効な症状 | |
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半夏白朮天麻湯 | 高齢者(65歳以上)のめまい |
補中益気湯 | めまいに伴う怒りやイライラの軽減 |
人参養栄湯 | 高齢者のフレイル |
Vol.2では、若い層に増えている、ストレス性のめまいの症状や対処法について解説します。
- 参考
-
- 厚生労働省│令和元(2019)年 国民生活基礎調査:統計表p.7<2021年7月19日閲覧>
- 新井基洋. めまいは寝てては治らない第6版, 2021; 中外医学社. p.5
- 山中敏彰ほか. Equilibrium Res Vol 2012; 71(1): 33-39
- Fried LP, et al. J Gerontol A Biol Sci Med Sci 2001; 56(3): M146-156
- 新井基洋. 漢方と最新治療 2019; 28(4):393-402
- 国立長寿医療研究センター│感染予防と身体活動<2021年7月19日閲覧>
- Nunez RA,et al. Otolaryngol Head Neck Surg. 2000; 122(5): 647-655
- 新井基洋. 漢方と最新治療 2015; 24(3):233-240
- Sakisaka N, Front Nutr 2018; 5: 73
- 青山重雄. Phil漢方2018; 70:12-14
新井 基洋(あらいもとひろ)先生
横浜市立みなと赤十字病院 耳鼻いんこう科/めまい・平衡神経科 部長