Vol.4 上手な漢方の使い方│漢方薬の歴史と未来

[漢方ニュース] 2022/03/23
執筆:糸数 七重先生(日本薬科大学漢方薬学分野 講師)

 これまで3回にわたり、「漢方という存在」についてさまざまな視点からご紹介してきました。今回はいよいよ「では、その漢方を上手に使うにはどうすればよいか」をお伝えいたします。

 西洋医学の医薬品と比較した際の漢方薬の最も大きな特徴は、「漢方薬は“多成分系”である」ということです。現代医学においては、疾病や症状の原因を特定し、そこにピンポイントで対応できる単一の有効成分を医薬品として使用することで治療を行います。人体は“複雑系”と捉え得る存在ですが、そこを解析し、モデル化していくことで治療の最適解としての作用点を見つけ出すのが現代医学の真骨頂ともいえます。
 対して、漢方は人体を“複雑系”として丸ごと捉え、そこに多成分からなる漢方処方を使用します。つまり、疾患や症状の原因がわからない場合、あるいは原因が分かったところで複雑すぎてシンプルな医薬品ではうまくコントロールができない場合に、漢方を使用することで、複雑系と多成分系がうまく嚙み合って不快な症状を取り除けたり、疾患を治療できたりする可能性が大いにあるのです(その一方で、複数の成分を同時に体内に入れることから個々の身体の状態によって異なった反応が生じることが当然考えられます。私見ですが、これこそが漢方でよくいわれる“証”――身体や疾患の状態によって使うべき処方が異なってくること――の実態ではないかと考えています)。

 というわけで、漢方が真価を発揮するのは以下のようなケースです。

① いわゆる「風邪(かぜ)」(特に初期)

 抗ウイルス薬は別として、いわゆる風邪の治療薬は今のところ存在しません。風邪の諸症状を抑制する薬があるだけです。特に症状のはっきりしない風邪のひき始め(なんとなくぞくぞくする、なんとなく頭が痛い、喉がイガイガする気がする、なんとなく身体が嫌な感じ)、ああ、このままだと風邪をひいてしまいそうだ……というようなときに、嫌だなぁと思いながら風邪をひき込まずに済むのを祈るのではなく、ぜひ漢方薬を使用していただきたいです。代表的なものは「桂枝湯(けいしとう) 」「葛根湯(かっこんとう) 」「麻黄湯(まおうとう) 」のいわゆる風邪の初期御三家ですが、それ以外にもさまざまな「風邪の初期に使える漢方薬」があり、体質や症状の特徴に合わせて使用します。
 特に前述の3つは、「放置しておくと風邪をひきそうな嫌な感じ」に加え、なんとなく嫌な感じに汗っぽいなら桂枝湯、汗がなく首筋から肩にかけて張った感じがあるなら葛根湯、身体の節々に痛みや滞りを感じるなら麻黄湯、という形で、まだ風邪の症状がはっきりとした形を取らないうちからの使い分けが可能です(この3つのうちどれを選ぶかについては「ふだん飲み慣れているから」で選んでも構いません)。私が学生の頃には「隣の人が咳きこみ始めたら、この3つのうちふだんから飲み慣れているものをすかさず飲んでおくといい。風邪をひくような環境を隣の人と共有しているし、咳からウイルスを吸い込んでいるかもしれないし。風邪の“初期”というのはもはやそれぐらいからだと考えていい」とまで言われていました(実は私は今でもお守りとして、鞄の中に葛根湯のエキス剤を持ち歩いています)。
 なお、前述の3処方はいずれも、体温を上げ、汗をかかせることで風邪(ここでは“ふうじゃ”と読んでいただきたいのですが、要するに“風邪という病”です)を身体の外に出してしまいます。メカニズムについては漢方的な解説はあるのですが、実際に身体の中で何が起きているかの詳細は分かっていません――が、とにかく発汗が治療へ向かう分岐点であることは確かです。ですから解熱鎮痛剤の配合された西洋医学の風邪薬との併用は避けましょう。そして漢方薬で“風邪を抜く”場合、一時的に熱が上がることもありますので、しっかり休むことができる、汗をかいたら汗冷えする前に汗を拭いたり着替えたりできる環境での使用がおすすめです。

② 婦人科系の不調など、症状が安定しないケース

 PMSや更年期障害などに代表される「明確な疾患名のつかない婦人科系の不調」のうち、ピルやホルモン補充療法などで安定した改善が見られないもの、あるいはそういった治療を選択するほどの強い症状は出ていないものの日常生活にとっては不快なレベルであるものについては、漢方が選択肢となります。この種の不調の引き金を引くのはホルモンの急激な増減ですが、人によって種類も強度も異なった症状が現れるのは、その時々の環境や体調、精神状態などが個々に異なることが影響する、まさに“人体の反応そのものが複雑系である”ことが原因と考えてよいでしょう。
 これも御三家とも言われる「当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん) 」「加味逍遙散(かみしょうようさん) 」「桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん) 」を始めとして、症状の出方に合わせて選ぶべきさまざまなオプションがあります。冷えやすい人、のぼせやすい人、便秘の有無などで使うべき処方は全く異なります。体質改善的に長期間の服用に向くものもあれば、例えばPMS期など症状が強く出る時期にのみ使用した方がよいものもあります。“婦人科系の漢方”というと長期間にわたって飲み続けるイメージがありますが、処方によって使い方は異なってきますので、使用する際は医師や薬剤師に相談してからのほうがよいでしょう。また、「つらかった〇〇の症状は治まったが、下痢をしてしまった」など、かえって不快な状態が出現することもあります。薬を変更したり、量を変更したりする必要がある場合もありますので、何か変わったことが起きたら速やかに医師・薬剤師に相談してください。人体の複雑さは、“多少のことなら耐えられる部分”と、“無理をさせてはいけない部分”が混在しているところにもあるのです。

③ 高齢者、消耗性疾患など、体力の衰えがあるケース

 すべての漢方処方が「身体に優しい」わけではありませんが、漢方処方の中には確かに「加齢等によって衰えた身体の機能をサポートし、機能回復を促す」ものがあります。「八味地黄丸(はちみじおうがん) 」「補中益気湯(ほちゅうえっきとう) 」などといった「補剤」と呼ばれる処方です。これは長期間にわたって服用することになりがちです。一時的な体力の消耗などでこれらの処方が適応になった場合は、体力が回復する、あるいは体質が改善されれば不要になります。しかし加齢による症状で適応となった場合、効き方が変わってきたように感じた際にはより“補う”力の強い処方が必要になっている場合もあります。「こういった症状を改善したい」などの要望はしっかり医師・薬剤師に伝え、自分の身体に合った処方を選んでもらうようにしましょう。

④ 西洋医学の医薬品で満足できる効果が得られない場合

 その他、ひとつではあまり決定的とならない要因が絡まり合って症状を形成しているような場合、はっきりした原因に対応するのが得意な西洋医学の医薬品では、なかなか望んだような効果が得られない場合があります。こういったときの「次の一手」としても漢方薬は有用です。アレルギー性疾患、ストレス性の症状、西洋医学の医薬品では副作用のほうが強く出てしまって日常生活が快適でなくなる……などなど、さまざまなケースが考えられます。西洋医学の治療の副作用を抑えるために漢方処方を使用する場合もあります。

 いずれの場合も、“複雑すぎてモデル化しづらい”状態に対し、西洋医学的診断に加え、数千年の使用経験に基づく“身体の在り方のものがたり”をガイドラインとしながら多成分系の医薬品を使っていっている、という状態です。そしてさまざまな症状の中から、“身体のものがたり”の一番重要なポイントを拾い上げて的確に薬を選べるのが漢方的な名医というわけです。
 もちろん、漢方処方もいつまでも“あいまいなものがたり”のままでいるわけにはいきません。日々、着々と研究は進められています――が、まだ完全に解明されたとは言えません。そんな中で上手に漢方を使う一番大事なポイントは「漢方薬を服用する本人が自分の身体の状態に対して自覚的であること」であると私は考えます。「このような症状に対してはこの漢方薬がよい」、と言われたから飲む――だけでなく、服用によって身体の状態がどう変わったか、望ましい状態に近づいているか、かえって不快な症状が出てきていないか、などときちんと向き合うことが重要です。そして、何か望ましくない状態が続いたり現れたりするようであれば、詳しい人と相談しながらさまざまな漢方処方を使いこなしていく――これが「上手に漢方を使う」うえで一番大事な態度であることをお伝えして筆を置きます。

糸数 七重(いとかず・ななえ)先生
日本薬科大学講師(漢方薬学科)

1997年、東京大学薬学部卒業。1999年、同大学院薬学系研究科修了。米国ミネソタ大学留学ののち、2003年、東京大学大学院医学系研究科修了、博士号(医学)取得。慶應義塾大学医学部ツムラ寄付東洋医学講座助手、国立医薬品食品衛生研究所生薬部研究員、武蔵野大学薬学部助教を経て2008年より現職。
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