【六君子湯】抗がん剤治療による食欲不振の抑制効果/論文の意義
西洋医学では対処法に乏しく困っている領域
抗がん剤シスプラチンによる食欲不振を改善する-六君子湯(りっくんしとう)
近年、適切な抗がん剤治療を受ければ、がんに罹ったあとの生存期間を延長できることが多くなりました。ただ、副作用が強い抗がん剤治療では、副作用が原因で治療を中断しなければならなくなることも少なくないため、この負担を軽減することが治療継続のカギを握ります。今回、大野哲郎先生(群馬大学大学院病態総合外科学(第一外科))らは、胃炎や消化不良、食欲不振に効果があるとされてきた『六君子湯』が、シスプラチンという抗がん剤が引き起こす食欲不振を改善できる可能性があることを明らかにしました。この研究成果は、消化器疾患に関する国際的な医学専門誌『Clinical and Experimental Gastroenterology』2011年4月号に掲載されました。
背景:抗がん剤シスプラチンによって引き起こされる食欲不振に対する決定打となる対処法はない
シスプラチンは1970年代後半に開発された抗がん剤で、がん治療を一変させたといわれるほど幅広いがんに効果がある薬剤です。しかし、投与直後から腹部の上部付近がひどく気持ち悪くなり(悪心)、果ては嘔吐を繰り返し、患者さんが使用を嫌がることも少なくないことが知られています。
近年になって神経に作用してシスプラチンによる悪心や嘔吐を防ぐ制吐剤が開発され、かつてと比べものにならないほど、患者さんが悪心や嘔吐に悩まされる度合いが減りました。しかしながらシスプラチンには、悪心や嘔吐だけでなく食欲不振の副作用があり、これは制吐剤でも防げないことが分かっています。
がんに限らず、食欲不振は患者さんの体力低下につながり、ひいては症状回復にも悪影響を及ぼします。また、近年ではQuality of Lifeという考え方が重視され、症状の改善だけでは不十分で、その結果として患者さんが質の良い生活を送れることが治療のゴールとされます。おいしく食事ができないという事態は、当然Quality of Lifeを下げてしまいます。
『六君子湯』は「蒼朮(そうじゅつ)」、「茯苓(ぶくりょう)」、「人参(にんじん)」、「半夏(はんげ)」、「陳皮(ちんぴ)」、「大棗(たいそう)」、「生姜(しょうきょう)」、「甘草(かんぞう)」という生薬で構成され、従来から胃炎、胃腸虚弱、食欲不振などの改善に用いられてきました。今回の大野先生の報告は、『六君子湯』を投与することでシスプラチン投与時の食欲不振評価が改善することを明らかにしました。
本試験に用いた食欲不振のグレードの評価方法は、アメリカ国立がん研究所が作成した評価手法で、抗がん剤による主な副作用をその症状の程度から0~4の5段階で重症度分類するもので世界的にも極めて信頼性が高いとされています。
また、大野先生らはシスプラチン投与前後で消化管から分泌されるホルモンである活性型グレリンの血漿(けっしょう)中濃度に、『六君子湯』がどのような影響を与えるかも調べました。グレリンは1999年に日本人が初めて発見した食欲増進効果があるホルモンで、近年急速に注目を集めています。しかも、動物実験やヒトでの臨床応用でシスプラチン投与時にはこのグレリンの濃度が下がり、食欲不振が起こること、さらに『六君子湯』を投与することでグレリンが増加し、食欲を改善することが数多くの研究グループにより明らかにされています。
大野先生らの検討結果では、『六君子湯』を投与していない時はシスプラチン投与後にグレリン濃度が下がる傾向が認められましたが、『六君子湯』投与時には、この傾向が認められませんでした。『六君子湯』がもつグレリン増加効果がシスプラチン投与による食欲不振の改善に貢献している可能性があるのです。前述のようにシスプラチンの食欲不振に制吐剤も含め効果のある薬がない現状では、『六君子湯』は唯一、作用メカニズム的にもこれを改善させる薬であると言えます。