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早期胃がんの内視鏡的切除術後に食欲不振が強くなってしまった男性

公開日:2011.11.15

早期胃がんの内視鏡的切除術後に食欲不振が強くなってしまった男性

太刀川さん(仮名)、78歳男性。
福島県にある中小企業で経理を担当していたが、定年後は妻と年金生活で細々と暮らしていた男性。2年前に乳がんで奥様を亡くし、今回の震災を機会に息子夫婦が暮らす都内に引っ越しをしてきた。これといった趣味はないが、散歩は毎日欠かさない。
やせ型、158cm 47kg、BMI=18.8(BMI=体重kg/(身長m)2: 20<BMI<24)

外来診察室で・・・

 港区へ引っ越してきてまだ日が経っていないため、近くには知り合いが少なく、外来の待合室でも一人で隅の方に座っている。今日も灰色の上着を着て、静かに診察室へ入って来られた。

わたし
「先週やらせていただきました胃カメラの結果がでてますよ」
太刀川さん
「・・ありがとうございます・・それで・・」
わたし
「えぇ、区民健診で指摘された部分を良く診せてもらいました。この赤く見える部分、わかりますか?これが太刀川さんの胃の中に出来ている病気です。大きさが1cmないぐらいの小さなものです」
太刀川さん
「・・病気、あったんですか・・」
わたし
「はい、ありました。眼をこらしてみないと見落としてしまいそうなくらい小さなものでした」

太刀川さん
「・・そうでしたか。ありがとうございます・・、それは、最近、テレビでよく言われているピロリ菌※1と関係があるんですか?」

※1ヘリコバクター・ピロリ菌:上下水道が整備されていない地域あるいは時代の人たちに感染率が高い。胃がんとの関係を日本人が発見した。

わたし
「ピロリ菌も調べましたが、太刀川さんの胃からは見つかりませんでしたから、安心してくださいね。今回見つかったこの病気ですが、年内に治療させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
太刀川さん
「・・ありがとうございます、宜しくお願いします・・」

 素直に治療を受けることに承諾していただいた太刀川さんの病気は「早期胃がん」であった。本人と息子さん達には、日を改めて病気の説明をさせてもらい、治療は入院でESD※2を受けていただいた。術後は合併症無く経過し入院日数5日で退院された。

※2Endscopic Submucosal Dissection; ESD 内視鏡的粘膜下層剥離術:食道、胃、大腸の早期癌に対して行われる内視鏡治療。日本にて開発された治療手法である。

退院後初回の外来にて・・・

太刀川さん
「・・・先生、ありがとうございました・・・」
わたし
「お疲れ様でした。ご自宅では、いかがだったでしょうか?」
太刀川さん
「・・・しばらくの間、息子夫婦の家に厄介になっていました・・・」
わたし
「そうでしたか。食事はどうされてました?」

太刀川さん
「・・・消化の良いものにしてもらっていました・・・」
わたし
「すると、お粥ですかねぇ。体重はどうなりましたか?」
太刀川さん
「・・・測ってません・・・」
わたし
「では、ここで測ってみましょうね」

 外来に置いてある体重計では服を着たままの状態で45kgであった。

わたし
「(着衣状態での測定は実体重+1~2kgと考えるので)体重は、44kgぐらいですね。治療前が47kgでしたから、少し体重が減ったようですね。食欲はいかがですか?」
太刀川さん
「・・・・余り食べたくないんですよ、味がよくわからないようになってしまって・・・・」
わたし
「そうですか、食欲が湧きませんか。ところで散歩はしていますか?」
太刀川さん
「・・・・退院後は、あまり外に出ることもなくなりました・・・・」
わたし
「う~ん、太刀川さんの病気、入院してから悪くなってしまいましたね」
太刀川さん
「・・・・え?もう治ったんじゃないんですか・・・・」
わたし
「胃の病気は治りましたが、気分の病気が悪化してしまったようです」

 がんに対する治療は低侵襲(ていしんしゅう)治療が選択されるようになり、がん患者への治療の負担が軽くなってきている。抗がん剤治療や放射線治療による副作用は注目され様々な補助療法が行われているが、内視鏡治療後の食思不振、体力低下といった愁訴に対しては配慮がなされていないことがままある。太刀川さんには、はっきりとした訴えがない状態であったが、ODAでは約1ヶ月で6.4%の体重減少を認め「高度な栄養不良」※3と判断され、漢方医学診断では「気虚(ききょ)」※4と考えられる病態が認められた。

※3ODA:Objective Data Assessment(客観的栄養評価)において、1週間で体重の2%、1ヶ月で体重の5%、6ヶ月で10%以上の減少を認めた場合は、高度な栄養不良と診断される。
※4食欲低下や消化不良などの消化器症状は、「消化管機能」=「気」の「障害あるいは低下」=「虚」と診断する。/p>

処方

 わたしは『万病回春』※5に「脾胃虚弱、飲食少しく思ひ・・・」とある六君子湯(りっくんしとう)を飲んでもらうことにした。この薬を飲み始めてから、太刀川さんとの会話の時間が少しずつテンポ良くなり、語尾も聞き取れるようになった。そして4週間後には、治療前よりも食事量が増え、足取りが軽くなってきた。

※1まんびょうかいしゅん:明のキョウ廷賢により編纂された医学書。

まとめ

  1. 井戸水などから感染すると考えられているヘリコバクター・ピロリ菌の持続感染により胃がんが発生する確率は、感染者の約1%である。
  2. 早期胃がんの治療法は、日本で開発された内視鏡治療が有効である。
  3. 六君子湯は「胃炎、胃アトニー、胃下垂、消化不良、食欲不振、胃痛、嘔吐」に適応。
今津嘉宏(いまづ・よしひろ)先生
芝大門 いまづクリニック 院長
1988年藤田保健衛生大学医学部 卒業、1991年慶應義塾大学医学部外科 助手、2005年恩賜財団東京都済生会中央病院外科 副医長、2009年慶應義塾大学医学部漢方医学センター 助教、2011年北里大学薬学部 非常勤講師、薬学教育センター社会薬学部門 講座研究員、2011年麻布ミューズクリニック 院長、2013年芝大門 いまづクリニック 院長

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