第2回 高齢者の気持ちは、高齢者でないとわからない~96歳の姉を看取った93歳の妹、松谷天星丸先生から学ぶ~

[病気と漢方] 2020/02/26


(写真左から、加藤士郎先生、松谷天星丸先生、岡村麻子先生)

松谷天星丸先生(医学博士。元・藤田保健衛生大学医学部 教授/元・川村学園女子大学 教授)
加藤士郎先生(筑波大学附属病院 臨床教授/野木病院 副院長)
岡村麻子先生(つくばセントラル病院 産婦人科 部長/東邦大学薬学部 客員講師)

『96歳の姉が、93歳の妹に看取られ大往生』(幻冬舎)について
戦後、婦人参政権が認められて初めての選挙で国会議員となり、政治家の道に進んだ長女(天光光)と、医学へ進み、脳神経科学などの研究の道に進んだ次女(天星丸)がそれぞれのキャリアを経て80代を超え、ひとつ屋根の下でお互いを支え合いながら暮らしていく様子が描かれています。90代の妹が90代の姉を介護し、看取ることはこれからの時代は珍しいことではないのかもしれません。著書の中で天星丸先生は「さぞかし、歯を食いしばって、苦しんで、身を削ってのことでしょうと、思われるかもしれませんが、案外そうでもないんですよ」「私は特別なことをしたという自覚はありません」と述べられ、「楽しかった」という姉との生活を記されています。著書の最後にまとめられた「老老介護十得」は、とても参考になる心得です。興味のある方はぜひお手にとって一読されてみてください。

 松谷天星丸(まつたに・てんほしまる)先生は2015年に『96歳の姉が、93歳の妹に看取られ大往生』(幻冬舎)と題した老々介護の実体験を著した書籍を上梓されています。その著書には、日本で初めて女性代議士となられた姉(園田天光光 そのだ・てんこうこう)と松谷先生との二人三脚の介護の日々が綴られています。松谷先生の貴重な体験は、これまで経験したことのない超高齢社会を迎える日本の医療・介護にとって重要なヒントになることでしょう。

 また、2016年に松谷先生が体調を崩された際には、加藤士郎先生の漢方診療を受けとても元気になられました。そのことをきっかけに松谷先生は、これまでほとんど接点のなかった漢方を学ぼうとされていらっしゃるほどの情熱をお持ちです。

 97歳になられた現在(取材日2019年10月19日)でも、とてもお元気な松谷天星丸先生をお迎えして、今回の記事を発起された岡村麻子先生、実際に診療された加藤士郎先生とともに、現在の高齢者医療の課題や漢方の役割について、お話しいただきました。

高齢者には相性がいい漢方薬

岡村:天星丸先生はずっと西洋医学でこられて、基礎研究もされていらっしゃいました。そしてこれまではご縁のなかった漢方薬が劇的に効いたというご経験から、よいものは学ぶという姿勢をお持ちです。素直にすごいなと感嘆しました。また、慢性病には東洋医学の発想がよいというお話も伺いました。

松谷:最近思うことは、高齢者と慢性の病気には、やっぱり漢方薬のお世話になることがよいと思います。西洋薬は、それはそれで大切だけれども、自分にあう相性のよい漢方薬ですね。私も西洋薬は飲んでいます。そこへ加藤先生にいただいた当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん) がぴったり合って、相性がよかったんですね。

加藤:天星丸先生にご指摘いただいた点も重要で、西洋薬と漢方薬の両方を1人の医師が処方できるのは日本だけです。例えば中国では、西洋医と中医師のライセンスは別になります。わかれているために、それぞれの主張もありますし、西洋医学と東洋医学を統合した医療というのはなかなか行われていないようです。西洋・東洋の、双方の視点から診ることが日本の医療は世界でも優れた医療といえると思います。

 私もまだ医師の経験は30年を超えたくらいですが、その中で感じることは医療の専門化が進み、学ぶべき医療の情報量が増えたことです。私が医師になりたての頃と比較しても、現在は圧倒的に情報量が増えています。ですから、今の若い学生たちは、詰め込み教育で、とても大変です。しかしながら、冷静に考えてみると医療の基本な考え方というのは、ほとんど変わっていません。

松谷:本当にそうですね。

加藤:医療情報の中で、何が基本で、何が応用なのかを整理しながら学んでいくことがとても大切だと思います。

「長生き」は先天的なものではなく、努力で作るもの

岡村:天星丸先生が、日常生活で取り組まれていることや、日頃からの心がけなどがあれば教えていただけますでしょうか。

松谷:私は、短歌の馬場あき子先生(歌人、文芸評論家)の会に入っております。毎月10首ずつ投稿します。その中から先生が選んでくださって、5首とか6首とか季刊誌に載ります。寝る前などに、気がついたことをちょっと書き留めておきます。なんでもよいので、少しでも心に響いたことや、気になることを書き留めておいて、五七五七七にうまくアレンジできるようにするとか、そういうことが楽しみの1つです。

加藤:脳神経がご専門の天星丸先生に申し上げるのも恐縮ですが、認知症にならないためには理解力と記憶力が重要です。1つのことだけに固執していることはよくありません。人間には7つの能力(言語能力、論理的能力、空間認識能力、音感能力、身体感覚能力、人間関係形成能力、自己観察能力)があると言われています。例えば料理が好きな人、旅行が好きな人、芸術が好きな人、さまざまな能力を使っていると認知症になりにくいことが分かってきました。そのとおりのことを先生はやられていらっしゃいます。

松谷:短歌は紙と鉛筆さえあればできます。お金はかかりませんし、出かけなくてもできます。外に出かけますと、人に付いてもらわなければ行けません。でも、紙と鉛筆さえもっていればよいんです。

加藤:天星丸先生を診させていただいて、もう1つ言えることがあります。長寿遺伝子(サーチュイン遺伝子)というのが発見されましたので、長生きは先天的なものかなと思っていました。しかし、長寿遺伝子が影響しているのはたった2割程しかなくて8割は努力ということのようです。つまり、努力しないと人間は長生きできません。自然体でさまざまな活動を実践されているから天星丸先生は元気なんですね。

 話は変わりますが、私が診ている103歳の患者さんはいつも会うと93歳といいます。10歳サバを読みます(笑)。「2020年の東京オリンピックを見て、あと10年は生きたい」とおっしゃっています。ある音楽家の方も、104歳ですけど、まだ週3回水泳しています。「なんでそんなに元気なんですか」と伺うと、音楽を1日でも長く創って楽しみたいとおっしゃいます。

岡村:楽しいんですね。

 私の祖父も104歳で大往生いたしました。海軍の出身で、毎日欠かさず海の見える公園まで歩いて海軍体操を続けておりました。94歳で胆嚢炎※1になり点滴絶食となってしまい「食べたい。外科の先生、腹を切ってください」と懇願し手術をしていただきました。その後、元気に回復して家のペンキ塗りと詩吟をしておりました。人間の芯がある尊敬する祖父でした。

加藤:楽しくない人は早く亡くなってしまうんです。つまらなくなることは人間いろいろとありますよね。でも、おもしろくするのは他人じゃなくて自分です。先生は自分で紙と鉛筆を持って、知恵を使っておもしろいことを創りあげていらっしゃいます。だから元気なんですよ。

岡村:天星丸先生、あと私に言っていただいたのは、病院にかかったときに、多くの医師は高齢者に直接話しかけないのが嫌だわっておっしゃいましたよね。

松谷:そうですね。だいたい付き添いの方に話しますね。そうすると、「患者は私よ」っていいたいくらい(笑)。

加藤:そのこともとても大事ですよね。医師も気をつけなければなりません。 私も数は少ないですけど、フランスなどの欧米の施設も見たことがあります。日本人はあまり自己主張しないでやってきたという側面もあります。しかし、自己主張も必要で、天星丸先生のようにはっきりいう方は海外には多いですし、医師もやりやすいです。

岡村:自己主張がまた元気の力になります。

高齢者の気持ちは、高齢者でないとわからない

加藤:現在、筑波大学で教えていますが、学生に「おじいちゃんやおばあちゃんと一緒に住んだことがありますか?」と聞くと、一緒に住んだことがある学生はほとんどいないですね。でも、君たちが医師として臨床の現場に出るときには、祖父や祖母の世代の患者がほとんどだ、と伝えています。高齢者のことをよく知らないといけない、ということですね。実習で経験することも大切です。高齢者のことを理解することは難しいようですが、人間同士ですから話をすればよいと思います。例えば中等度の認知症の方でも会話は成り立ちます。しかし、会話をすることを医学部ではあまり教えていないようですから、そこは問題点だと考えています。

岡村:世代を超えて一緒に時を過ごすことは大切ですね。

 天星丸先生、先輩の医師として、今の若い医師や医療者に、こうあってほしいと思うことはありますでしょうか。

松谷:若い人はお年寄りの気持ちがなかなかわかりませんからね。

加藤:わからないです。私もいまだによくわかりません。患者さんと話すと、80、90にもなって初めてわかったということを伺います。ときに「よくわかりますね」といわれることもありますが、仕事でいっぱい診ているからであって、本当の意味ではその年にならないとわかりませんよ、と伝えています。

松谷:わからないですね。

岡村:少しでもわかるように先生のお言葉をいただきたいです。

松谷:私は3つ違いの姉(園田天光光)と一緒に暮らしたことがありますけども、今になって、あのときは、こうしてあげればよかったんだなと回顧することがあります。3歳の違いでもやっぱりわからなかったです。今は私がその年になって、初めて、ようやくわかるようになりました。

加藤:1年前はわからなかった、という方はたくさんいらっしゃいます。

松谷:本当ですね。これは仕方がないことです。

加藤:やむを得ないことです。どんな大家の老年病の医学書を読んでも、そんなことは書いていません。

松谷:そうですね。

加藤:ですから、少しでも理解できるように、現場で経験を積んでいくしかありませんね。

姉のサポートにも漢方薬があればよかったと思うことも

岡村:天星丸先生は、現役を終えてからも、お姉さまである天光光さんの主治医をずっとされていらっしゃいました。そのときに、漢方薬も使ってあげればよかったかなと思うことはありますでしょうか。

松谷:高齢者と慢性の病気には、漢方薬が合うと思います。姉は生涯現役で、残したい仕事を持っていました。私はサポーターとしてその仕事を全うさせてあげたい、という想いで、姉の身体的な状態をサポートしてきました。今になって考えると、あのとき漢方薬を勧めてあげればよかったんじゃないか、ということはあります。なにしろ、姉の飲んでいる薬は、もうたくさん種類があって山盛りなんです。それを片っ端から飲むわけですけど、これでよいのかしらって。

加藤:お姉さまを介護されていらっしゃるときは病気・症状ごとに薬が出るような時代でした。現在では、少し変わってきていて、日本老年病学会のガイドラインに、多剤併用のリスクが示されています。高齢者は、薬に対して敏感で、そのかわり毒性には弱いです。一般的に60歳を過ぎれば腎臓も肝臓も弱ってきます。70歳を過ぎると肺が弱り、85歳を過ぎれば脳や心臓が弱ってきます。臓器が弱った高齢者にたくさん薬を出すと副作用などのリスクが高まります。基本的に薬の臨床試験は、20~60歳くらいの方を治験対象としています。70歳を過ぎた方に対する薬効はほとんどわかっていないことが多いですね。そこは大きな問題点で、日本では、世界でも屈指の高齢社会といいつつも、老年医学科は少なくなっているという実情もあります。採算に合わない分野ということも理由の1つだと思います。しかし、教育はしっかり行わなければなりません。最近は、遅ればせながら、老年医学の臨床や教育が大事であるということが社会全体に理解されつつあります。

 そこで漢方薬が注目されるようになってきました。漢方薬は複数の生薬を組み合わせてできています。天星丸先生に処方させていただいた当帰芍薬散は芍薬(しゃくやく)、蒼朮(そうじゅつ)、沢瀉(たくしゃ)、茯苓(ぶくりょう)、川芎(せんきゅう)、当帰(とうき)の6つの生薬から構成されています。複数の生薬でできていますから、さまざまな効果があります。高齢者は、体のあちこちに不調があることが多いですから、漢方薬が合うと、システマティックに改善してくれます。漢方薬は自律神経のバランスをよくする作用があります。自律神経は内臓全般、血管、免疫ホルモンなど体全体に関係していますから、自律神経のバランスが整うと体全体の調子がよくなり、数年前の元気だった頃くらいの体の動きに戻るようになります。その人に合う漢方薬を探すことが漢方薬を効かせるコツです。そうすることで余分な薬を使わずに済ませることができるようになるというメリットもあります。

岡村:天星丸先生は当帰芍薬散を飲んでからほかのお薬はどうされていますか。

松谷:私の西洋薬は少なくなりました。以前は、痛み止めを2種類服用していましたが、ひとつは用量を減らし、服用しなくてもよくなりました。今は1種類のみ服用しています。それから、姉の場合は高血圧と糖尿病がありましたので西洋薬を使用していました。さらに、それらの薬に付随した副作用が出るので、その副作用に対する薬も出ます。それが何種類もありました。漢方薬にしたら、お薬を減らせたのかもしれません。

加藤:西洋薬の中には体を冷やすものが結構あります。特に鎮痛薬系は体を冷やす薬が多いです。高齢者はとくに体を冷やすと調子が悪くなります。注意が必要ですね。

「ありあわせ」を工夫することが若さにつながる

岡村:天星丸先生は、食事で気をつけられていることはありますか。

松谷:ありあわせのものを食べているだけです(笑)。1人で暮らしていますから、あまり料理もできませんので、今のところはもうありあわせで生きています。

加藤:ご自身で調理されるんですか?

松谷:はい。

岡村:すごいですよね。

加藤:天星丸先生は「ありあわせ」とおっしゃいましたが、そこがすごくよい点だと思います。ありあわせだと飽きるわけですよ。しかし、飽きる食材に対しては工夫しますので、あれこれと悩み、頭を使います。美味しいものだけ食べていると、それだけになってしまいます。ありあわせを工夫することが脳生理学的にもよいですね。先生のお話を聞いていると、自然に若くなることを実践されているんですね。

岡村:実は本日も、私たちにとって天星丸先生は大先輩でいらっしゃるんですけど、主治医の加藤先生よりも早くに到着しなければいけないと、早めに到着して待っていていただいたというお気遣いをされています。そういうことも、われわれは、医師として、人間として、学ばなければいけません。

第3回へ続きます

(本記事は医療関係者向けサイト漢方スクエアに掲載された記事を元に、一般読者向けに再編集しております)

松谷天星丸先生 プロフィール
医学博士。元・藤田保健衛生大学医学部 教授、元・川村学園女子大学 教授

【経歴】
大正11(1922)年生まれ。医学博士。昭和31(1956)年東邦大学医学部卒業。実地修練後、東邦大学医学部助手として内科学を専攻(故阿部達夫教授、故里吉栄二郎教授に師事)。臨床に従事、その後基礎医学(生理学)に移籍、恩師故塚田裕三教授に師事。神経科学を専攻。昭和49(1974)年藤田保健衛生大学医学部教授、同大学院医学研究科委員会委員、東邦大学医学部客員教授、定年後、川村学園女子大学教授を歴任。
他に、青山学院女子短期大学、早稲田大学文学部などで非常勤講師を務める。
『現代精神医学体系ⅡB』(中山書店)、『神経の変性と再生』(医学書院)、その他数編を分担執筆。近著に松谷天星丸第一歌集『満天の星』(角川書店)、『96歳の姉が、93歳の妹に看取られ大往生』(幻冬舎)。
(以上、2020年1月現在)

加藤士郎先生 プロフィール
筑波大学附属病院 臨床教授、野木病院 副院長

【経歴】
昭和57(1982)年獨協医科大学を卒業、同大学第一内科(現心臓・血管内科)に入局。昭和59(1984)年同大第一内科大学院に入学。昭和63(1988)年同大第一内科大学院卒業、医学博士取得、第一内科助手。平成7(1995)年同第一内科(現心臓・血管)講師。平成16(2004)年宇都宮東病院副院長兼任。平成21(2009)年野木病院副院長、筑波大学非常勤講師、筑波大学附属病院総合診療科に漢方外来開設。平成22(2010)年筑波大学附属病院臨床教授。筑波大学附属病院で漢方外来とともに学生・レジデントを中心に漢方の教育活動を行っている。
編著書に『高齢者プライマリケア 漢方薬ガイド』(中山書店)、『臨床力をアップする漢方 西洋医学と東洋医学のW専門医が指南!』(中山書店)、『プライマリ・ケアのための高齢者疾患と初めに覚えたい、この処方』(ライフ・サイエンス)、『地域包括ケアシステムにおける漢方』(ライフ・サイエンス)。
日本内科学会認定医。日本呼吸器学会専門医・指導医。日本東洋医学会専門医・指導医。日本老年医学会専門医・指導医。日本循環器学会会員。日本プライマリ・ケア連合学会会員。日本臨床生理学会評議員。日本脈管学会評議員。ATS(米国呼吸器学会)会員。ACCP(米国胸部疾患学会)会員。
(以上、2020年1月現在)

岡村麻子先生 プロフィール
つくばセントラル病院 産婦人科 部長、東邦大学薬学部 客員講師

【経歴】
茨城県出身。東邦大学薬学部卒後、日立化成茨城研究所に勤務。島根大学医学部卒後、東京大学医学部産婦人科学教室入局。日赤医療センター、焼津市立総合病院、茨城日立総合病院、東京北医療センター、東京ベイ浦安市川医療センター、北京中医薬大学研修などを経て、2014年から現職。女性の本来持つ力を活かして健康につなげるために、西洋医学に東洋医学を融合させる東西結合医療を目指している。
『臨床力をアップする漢方 西洋医学と東洋医学のW専門医が指南!』(中山書店)、『エビデンスをもとに答える妊産婦・授乳婦の疑問92』(南江堂)その他数編を分担執筆
日本産科婦人科学会 専門医・指導医。日本東洋医学会 漢方専門医・指導医。日本女性医学学会 専門医・指導医
(以上、2020年1月現在)

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