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前編:“眠れないから睡眠薬”はもう古い? 現在の不眠治療と漢方

公開日:2023.02.10
カテゴリー:病気と漢方

新型コロナウイルス感染症の流行から約3年が経ち、私たちの生活様式も大きく変化しました。特に働き盛りの世代では、在宅勤務が主となったことで、残業を繰り返してしまう、人とのコミュニケーションが減る、運動不足が続く、飲酒習慣の変化などから不眠に悩む人が少なくないといいます。「なかなか寝付けない」「夜中に目が覚めてしまう」「寝ても疲れが取れない」というような状態に、東洋医学ではどのようにアプローチするのでしょうか。精神科・心療内科領域における漢方治療の第一人者である、青山杵渕クリニック所長・杵渕彰先生にお話を伺いました。

コロナ禍で「不眠」を訴える人は増えている

多くの人が新型コロナウイルスへの不安、生活習慣の変化などから、多大なストレスを感じざるを得ない状態である昨今、不眠を訴える患者さんが増えていると杵渕先生は言います。

「2021年に発表されたOECDの国際調査の結果1)によると、コロナ前の2013年で7.9%とだった日本国内におけるうつ病やうつ状態にある人の割合は、2020年時点では17.3%と、およそ倍増しています。それに伴って、不眠の訴えも増えているというのが現在の状況です。感染の恐怖や周囲への気遣い、外出自粛・在宅勤務による生活リズムの変化、仕事や将来への不安…このようなストレスが重なり、『疲れているのに眠れない』『すぐ目が覚めてしまう』『眠りが足りないような気がする』と訴える方は多いです」(杵渕先生)

不眠は、寝入るのに30分以上かかってしまう「入眠障害」、夜中に何度も目覚めてしまう「中途覚醒」、通常より2時間以上早く目が覚めてしまう「早朝覚醒」、眠りが浅くて満足感のない「熟眠障害」の4つの症状に分けられます2)。このような症状が長く続くと、まず自律神経が乱れ、各臓器や分泌系に異常が起こり、さらには倦怠感、意欲低下、集中力の低下、日中の眠気、頭痛、めまいなど、多岐にわたる不調が出現します。

このような「長期間にわたり夜間の不眠が続くこと」、「日中に精神や身体の不調を自覚して生活の質が低下すること」の2つが認められたときに「不眠症」であると診断されます。

不眠(睡眠障害)の分類

不眠には「睡眠障害国際分類」(ICSD)という国際分類があり、最新の第3版(ICSD-3)3)では慢性不眠障害、短期不眠障害、その他の不眠障害という3つのシンプルな分類になっていますが、「不眠症については、ひとつ前の第2版(ICSD-2)4)のほうが詳細な分類がなされており、患者さんへの説明の際は、こちらを使うことが多いです」(杵渕先生)。
今回もICSD-2を用い、原因やタイプなども含めて詳しくお伺いしました。

不眠症(ICSD-2) ※特定不能な不眠症を除く

適応障害性不眠症(急性不眠症)
緊張や興奮などがある時、一時的に眠れなくなるもの。数日で解消する

精神生理性不眠症
睡眠に対する不安、こだわりが強く、眠ろうと意識しすぎて眠れない状態

逆説性不眠症
実際は長時間眠っているが、本人には眠った実感がない。睡眠状態誤認

特発性不眠症
ほかに原因のない原発性の不眠

精神疾患による不眠症
うつ病、統合失調症のそう状態などで眠れないもの

不適切な睡眠衛生
暑い場所、寒い場所、騒音問題などで眠れないもの

小児期の行動性不眠症
しつけ不足や入眠時の行動、夜泣きなどで眠れないもの

薬物または物質による不眠症
覚醒作用のある薬物、アルコールなどによる不眠

身体疾患による不眠症
呼吸器疾患、消化器疾患などが原因で眠れないもの

若い世代~働き盛りの年代では「精神生理性不眠症」が多く、定年を過ぎて高齢になってくると「逆説性不眠症」の人が増えると杵渕先生は解説します。

「一度経験した『眠れなかったこと』を気にして、睡眠に対する不安が大きくなってしまい、余計に眠れなくなるのが『精神生理性不眠症』です。寝ることを過剰に意識して緊張してしまったり、ベッドに早く入りすぎたりして、なおさら不眠が悪化するという悪循環に陥ります。また、健康な人でも年齢とともに睡眠時間は減ってくるもの。『逆説性不眠症』で『もっと寝なければ』と訴える人も多いですが、昼間の活動に支障がなければ、睡眠は足りています。睡眠時間の確保にこだわらず、起床時の満足感や、日中のパフォーマンス具合で判断するといいと思います」(杵渕先生)

不眠の原因はさまざま

このような不眠に陥る原因は、ひとつとは限らず、複数の要因が重なっていることが多いそう。大きく分けると以下のようなものがあります。

不眠を引き起こす主な原因

環境要因
寝室の温度や湿度、騒音、明るさの影響など。

身体要因
熱がある、かゆみがある、冷えやほてりを感じる、コリや痛みが辛いなど。
加齢による体力の低下や頻尿など。

心・精神の要因
悩み、イライラ、極度の緊張、仕事や人間関係のストレスなど。
「早く寝なければ」と自分を追い詰めてしまうことも原因に。

生活習慣要因
アルコール、カフェイン、交代勤務による体内リズムの乱れ、運動不足など。
飲酒後は眠くなるものの、深い睡眠ではないのですぐ覚醒してしまう。

「コロナ禍では特に、発散できないストレスや不安、リモートワークによる生活リズムの乱れ、運動不足が原因になることが多いです。通勤・通学がなくなり、頭が疲れても身体が疲れていない状態では深い眠りに入れません。また、寝る前のパソコンやスマホも、脳が興奮するので眠れなくなってしまいがちです」(杵渕先生)

「不眠症=睡眠薬」の問題点

現代医学での不眠治療は、睡眠薬を用いた薬物療法が中心です。そして、日本人は不眠に対する関心が非常に高く、睡眠薬の世界有数の消費国であることがわかっています。2013年に行われた調査では、年齢別の睡眠薬の処方割合は、40~44歳で4.6%、45~49歳で5.2%、50~54歳で6.3%、55~59歳 6.9%、60歳~64歳 7.5%、65~69歳で9.4%と、加齢とともに高くなることが報告されています5)。この日本における睡眠薬の処方量の多さには、杵渕先生もずっと問題意識を持っていたそうです。

「特に依存性のある『ベンゾジアゼピン系睡眠薬』の大量処方は海外からも批判されることが多いです。本来は、患者さんからよくお話を聞いて、睡眠に関する教育や指導をしたり、仕事や生活の仕方を改善したりするのが先。睡眠薬はあくまでも補助として、必要な時に使い、必要がなくなればやめるべきお薬なのです」(杵渕先生)

特にベンゾジアゼピン系の睡眠薬や抗不安薬は、高齢者に対しては、飲み続けると転倒や骨折、認知機能の低下を招きやすいとして、できるだけ使用を控えるべきだとされていますが、実態は65歳以上により多く処方され、ピークは80代だということも明らかになっています6)。そして、そのような状況で問題となるのは「転倒」であると杵渕先生は警鐘を鳴らします。

「この薬には筋弛緩作用があるので、転びやすくなってしまうのが危険なのです。特に英国での転倒事故が注目され問題になったことで、スベンゾジアゼピン系睡眠薬と転倒の関連について検討する研究7)が各国で行われるようになりました。近年は日本の住居も、転倒時の衝撃を分散させる力が強い『畳』から『フローリング』に変わったことで、転倒から骨折する事案が増えています」(杵渕先生)

「もっと自然に眠れるように」という希望が多くなってきた

最近では、オレキシン受容体拮抗薬など、非ベンゾジアゼピン系の睡眠薬も開発されていますが、未だ睡眠薬の主流はベンゾジアゼピン系なのが実情です。しかし、ベンゾジアゼピン系睡眠薬への批判や健康被害が相次いでいることから、国もこれらの薬の処方を制限するような政策を導入し始めています。

「最近は、国の政策により処方が減り始めたようですが、まだまだ多い印象です。でも、『やめられなくなる』『認知機能が低下する』ということが世間でも盛んに言われるようになり、患者さんからも、ベンゾジアゼピン系以外の治療を求められるようになりました。もっと自然に眠れるように、という希望も多いです」(杵渕先生)

そのような希望に応えるのが漢方治療であると杵渕先生は説明します。
「漢方薬は、ベンゾジアゼピン系睡眠薬にすぐとって代わることができるものではありませんが、不眠治療にとても効果的です。睡眠薬の減量や離脱のために漢方薬を併用することはもちろん、最初から睡眠薬は服用せず漢方薬のみで治療する人も増えています」(杵渕先生)

後編では、不眠に対する漢方治療の具体的な方法について、引き続き杵渕先生にお伺いします。

参考

杵渕 彰(きねぶち あきら)先生
漢方医学研究所 青山杵渕クリニック 所長

岩手医科大学卒。東京都立松沢病院(都立広尾病院兼務)、東村山福祉園、柏木診療所、財団法人日本漢方医学研究所所属 日中友好会館クリニック所長などを経て、2001年4月に青山杵渕クリニック開設。日本精神神経学会専門医。日本東洋医学会専門医。日本医師会認定産業医。

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