「えぇ」という曖昧返事が多く、「地震以来、いつも揺れを感じる」男性
「えぇ」という曖昧返事が多く、「地震以来、いつも揺れを感じる」男性
高崎さん(仮名)、34歳男性。
ある上場会社で2年前から経理部の主任を任されているサラリーマン。
都内で妻と二人暮らしをしているが少し神経質で根暗な性格と周りから思われている。
眼鏡をかけて、いつもスーツにカバンという出で立ちで来院する。
やせ型で175cm 59kg、BMI 19.3(BMI=体重kg/(身長m)2: 20<BMI<24)
外来診察室で・・・
- 高崎さん
- 「あ!揺れてる!」
- わたし
- 「うん?揺れてるかなぁ?」
- ふたり
- 「・・・」
- わたし
- 「いまは、揺れてないようだけれど・・・」
- 高崎さん
- 「そうですかぁ」
- わたし
- 「あの地震以来、外来にお見えになる方、みなさん、同じようにいつも揺れを感じるみたいですよ」
- 高崎さん
- 「そうなんですか、誰かに聞きましたが、『地震酔い』とかいうらしいですね、先生」
- わたし
- 「若い人もお年寄りも、昼間だけじゃなくて夜なんかも揺れているように感じるんだよね」
- 高崎さん
- 「そうですか。じゃあ、僕だけじゃないんですかぁ」
- わたし
- 「それはそうと、仕事のストレス、最近はどうですか?」
- 高崎さん
- 「えぇ、まぁ」
- わたし
- 「食事は、いかがです?」
- 高崎さん
- 「ええ、お昼は妻に作ってもらったお弁当を会社へ持って行ってますから」
- わたし
- 「便通は?」
- 高崎さん
- 「えぇ、大丈夫です」
- わたし
- 「睡眠はいかがですか?ちゃんと寝られてますか?」
- 高崎さん
- 「はぁ、このところは余り忙しくないんですよ、それに停電もありますから、早く帰るし・・・」
話を聞いていたが、なかなか目を合わせて話をしない様子や声に元気がないことが、気になりすこし質問を変えることにした。
- わたし
- 「ところで高崎さん、東北にお知り合いや親戚の方はいらっしゃらなかったんですか?」
- 高崎さん
- 「えぇ、ぼくは九州出身でして、妻は富山ですので・・・」
- わたし
- 「九州のどちらでしたっけ?」
- 高崎さん
- 「鹿児島です。僕の実家は、そうそう、今年1月に噴火した新燃岳が窓から見えるんですよ」
- わたし
- 「そうなんですか、火山灰、大変ですよね」
- 高崎さん
- 「そうなんですよ。野菜が被害にあって、風下の村は大変なんですよ」
今度は、顔を上げて実兄が農協に勤めていて大変だとか、父親と母親がいつも野菜を送ってくれることなどをいろいろと話し始めた。
- わたし
- 「ねぇ、高崎さん、仕事も忙しいでしょうが、たまにはいなかのことを思い出すのもいいでしょ?」
- 高崎さん
- 「えぇ、何だかちょっと、ホッとしました」
- わたし
- 「そうですか。そういえば高崎さん、実は夜、あまり寝てらっしゃらなかったんじゃないですか?だって、目の下にクマがありますよ」
- 高崎さん
- 「はい、実は、夜中にちょっとしたことで目が覚めてしまいまして、睡眠不足が続いていたんですよ」
毎日、外来に訪れる患者さん達は、沢山の思いをかかえてやってくる。一人一人から充分に情報を受け取る診療時間※は限られている。その中で如何に治療の糸口を見つけるか?が「鍵」となる。
この患者さんは、すべての質問にはっきりと返事をせず、肯定とも否定ともとれる「えぇ」という返事を繰り返していた。こんなときは、患者と医師の間に壁がある状態で、信頼関係がまだ構築されていないことがおおい。外来診療において、治療の手がかりをみつけるのは、決して検査結果だけではないことを心がけたいものである。
処方
わたしは、高崎さんに古典『保嬰撮要』(ほえいさつよう:中国の明時代の小児科用の医学書)に、「腹脹食少なく、睡臥不安なるものを治す」とある抑肝散(よくかんさん)を処方することにした。2週間後に来院されたときには、(余震が落ち着いたせいもあるだろう)目の下のクマはなくなっていた。
まとめ
- 患者の訴えをあせって、一度に聞き出そうとしない。
- 検査に頼らず、五感を大切にして患者さんとの関係を構築していく。
- 抑肝散は、「神経症、不眠症、小児夜泣き、小児疳症」に適応。
※診療時間:診療時間あたりに支払われる診療報酬(外来診療に対する保険点数つまり、わかりやすく言うと、診察代金)は、5分でも30分以上でも一律同じである。
芝大門 いまづクリニック 院長