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抑うつ状態に加えホットフラッシュを訴える、華奢な体型の72歳女性

公開日:2012.11.16

抑うつ状態に加えホットフラッシュを訴える、華奢な体型の72歳女性

 細面で、体も華奢な72歳女性。毎回大きなリボンを頭につけての受診で、少し風変りだが、とても可愛らしい印象の方である。20年以上前から、夫とのいさかいごと、さらに子供が大病を患ったことで、抑うつ気分が生じ、近くの精神科医にノリトレン、レスミット、睡眠薬数種類を処方されていた。
 初診から17年経過し、私が勤務している別のメンタルクリニックを初診。二年間、殆ど処方変更されずに経過観察となっていた。その後、私が担当医となった。
 確かに、症状は落ち着いており、抑うつ気分はほぼ認められない。薬剤も自己調整していて、重度のうつ病の患者さんであれば、全く効果なしと言ってよいほど微量の薬剤しか内服しておらず、メンタルクリニック受診の必要性はあるのだろうか、と首をかしげたくなる程の患者さんであった。しかし「薬を全部中止にするのは不安なんです」と、強い内服希望があるので、当初、「なんで20年も同じ薬を処方しているのだ」と、これまでの担当医に勝手に憤慨していた私も、同じように微量の薬を処方してしまうことが続いた。
 受診時には、これまでの人生で大変だったことや、飼っているペットのことなどを傾聴するスタンスで、依然、微量の薬剤を処方している間に一年半が過ぎてしまった。そんなある日、「この歳でなんですが、女医さんですから言おうと思って…」と神妙な顔つきで訴えがあった。何事かと思ったら、「先生、更年期のようにホットフラッシュがあるんです」とのこと。内心驚いたが、もともと弱い感じの患者さんの更年期障害に頻用する加味逍遙散(かみしょうようさん) を処方してみた。
 一か月後、受診の際に「ホットフラッシュはそんなに変わらないけれど、何だか初めてぐっすり眠れました」と笑顔を見せてくれた。加味逍遥散には精神不安、不眠などの精神神経症状に効果あり、と本にも書いてあるが、そちらをターゲットにしたわけでないのに、思わぬ効果が現れ、「これが漢方の醍醐味だな」と嬉しくなった。その後二か月間、加味逍遥散を内服していたが、「先生、眠れるようになったら、今度は今まで諦めていたお腹と体の冷えをどうにかしたくなってきました」との訴え。それに対して、大建中湯(だいけんちゅうとう) 当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう) を処方したところ、「お腹はとても調子よいけど、当帰四逆加呉茱萸生姜湯は苦くて飲めません」とのことで、どうするかを相談していたところ「前の加味逍遥散の方が、冷えにも良かったですよ」と教えてくれたので、再度加味逍遥散に戻し、大建中湯と併用にした。
 夏季になり、冷えに困らない季節となった時に、今度は「冷えは大丈夫です。それにしても加味逍遥散で不安感がかなり減って、大助かりです。でも夏だというのに、免疫力が低いのか風邪をひきやすくて困ります」と訴えるため、胃腸虚弱な人で感冒が遷延している時に使用する参蘇飲(じんそいん) に変更。一か月後には、「とっても元気になりました~」と満面の笑顔で受診してくれ、その表情を見て、再度、「精神科受診の必要性があるのかしら?」と疑問に思った。ただおそらく、私自身の経験で恐縮なのだが、妊娠中、全く困ったことが無い時にでもわざわざ受診したいと思ったり(実際、受診はしなかったが)、念願の予約日に担当医の顔を見るだけで安心して、しばらく落ち着いて過ごせたりしたことが幾度もあったので、患者さん達も同じ心境なのだろうな、と納得し、外来で対応している。
 私の大学病院時代の上司に、「女性精神科医は、結婚して一回り大きな治療が出来、出産・子育てをして、さらに一回り大きな治療が出来る」と言われたことがある。確かに、結婚前は、患者さんの話で「嫁姑問題に悩んでいます」「子供のことで大変なんです」「夫と折り合いが悪くて」などと聞かされても、「それは困りましたね」としか言いようがなく、今思うと反省しきりだが、大変失礼な治療をしていたように思う。しかし現在は、心から患者さんのプライベート問題に寄り添えるようになり、「女医さんで良かった」と言ってもらえることも増えた。ただし、男性患者さんは、職場での不安などを訴え、症状が悪化している方が多いので、そちらの問題にはまだまだ寄り添いきれていないと思っている。修行を積んでいかなければいけないな、と心が引きしまると同時に、私には、女性患者さんを、ゆったりとした精神療法、漢方と、そして少しの西洋薬で加療していくのが性に合っているのかな、と自分に甘い考えを持っているところである。また、患者さん達も、自分の症状、性格に合った医師選択をして欲しいと思う。
 漢方専門外来で、最近は精神科通院中の患者さんが増えてきた。しかし多くの患者さんが「症状を言っても、薬が増えるだけで、減らしてもらえない」「話をゆっくり聞いてもらえない」と言う。それに対して「医者を変えたら?」と提案すると「それは担当医に悪いから」と答えられ、「薬の希望を言ったら?」という提案には「素人が言っても聞いてもらえないから。怒られるから」と結局モヤモヤした気分のまま受診を繰り返している方が多く、とても残念に思う。もっと患者さんの気持ちに寄り添う医療をする医師が増えてほしい、さらに患者さんも、納得出来ない医療を受ける時間は勿体ないので、切り替える勇気を持ってほしいと思う。

小松桜(こまつ・さくら)先生
愛世会愛誠病院・漢方外来
2000年順天堂大学卒業。順天堂医院メンタルクリニック科で2009年まで勤務。
不定愁訴や過量服薬、副作用出現の患者さんに対し、向精神薬のみでの対応では加療困難なケースもあり、漢方に興味を持った。
現在の施設で本格的に学ぶようになり、2010年より漢方外来勤務。精神科専門医。

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