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Vol.1 「漢方」とは何か~漢方とその周辺との向き合い方~|漢方薬の歴史と未来

公開日:2021.09.28
カテゴリー:漢方ニュース 執筆:糸数 七重先生(日本薬科大学漢方薬学分野 講師)

 ――漢方とは何でしょうか。
 このサイトをご覧の皆さんにとっては「いまさら何を」と思われる書き出しかもしれません。ですが、あえて、改めて、漢方とはどういう存在かということを考えてみたいと思います。

 最近、漢方はポピュラーになってきました。漢方に加えて、その親戚のような「薬膳」や「未病」といった言葉も、多くの方が普通に使うようになってきました。「古めかしく怪しいもの」というイメージではなく、また「西洋医学では治しにくい厄介な病気を治せる可能性のあるもの」というだけでもなく、「自然で身体に優しいもの」から「おしゃれなもの」「健康や美容に対する意識の高い人が日常に取り入れているもの」……、さまざまなイメージで漢方という言葉が語られるようになってきました。

何千年をかけて理論ができあがってきた「漢方」とは

 では、改めて、漢方とは何でしょうか。
前述のイメージは全て、間違ってはいないけれど正確でもありません。正確でなくなってしまうのは、漢方の幅の広さをあらわしているともいえるのですが――そこをなんとか言葉で定義してみようと思います。

 学問体系的にいうと、漢方はTCIM――Traditional, Complementary and Integrated Medicine、日本語に訳すと、伝統・補完・統合医療――のひとつです。伝統的に受け継がれてきてそれなりの歴史や治療実績を持ち、いわゆるサイエンスに基づく現代西洋医学ではカバーしきれない領域の治療やケア(補完)をし、ほかの領域の学問・知見等と結び付きあいながら病者の治療・ケア(統合)に資するもの、というわけです。サイエンスでカバーしきれないものをカバーし、サイエンスと結び付きあいながら治療を行うものである以上、TCIM、そしてTCIMのひとつである漢方は“サイエンスではない”ということになります。

 サイエンスでなくても医療や医学であり得るのか――もちろんあり得ます。医療というのは人を癒す行為ですし、医学とは医療を支える学問ですから。

 漢方のようなTICM――特に“伝統”医学――が成立したときには、まだサイエンスの手法は存在しませんでした。それでも人は病気になりますし、そうなれば病気を治す方法の模索が始まります。その試行錯誤の中で、「この症状にはこれこれの植物の根を乾かしたものを煎じて飲めば治る」というような知見が蓄積していきます。知見が蓄積していくうちに、「なぜ病気になり、なぜ治るのか」ということを人は考え始めます。もちろん検査の方法も細菌やウイルスなどという概念もない時代の話ですから、「呪われたから病気になり、儀式を行なって呪いをはらえば治る」というところから始まり、数千年をかけて「どのような時に人は病気になるのか、どのようなことをしたら治るのか、その理由はどのように解釈すればよいか」ということが観察され、解釈されて、やがて「陰陽五行説」※1や「気血水理論」※2のような理論が出来上がっていきます。

※1:陰陽五行説
古代の中国でできた概念。陰陽説と五行説からなる。陰陽説は、自然界に存在する物質はすべて、陰と陽の2つの要素から成立するという考え方。五行説は、自然界のさまざまな物質や人体の臓器を日常生活や生産活動の基本物質である「木・火・土・金・水」の5つの元素に結びつけて分類したもの1)。どちらも東洋思想の基本となる考え方である1)

※2:気血水理論
体、生命を構成する重要な要素。気は目に見えないエネルギーやパワーなど。「元気」の気でもあり、生命力のもとになる。血は血液と似ており、全身に栄養を与えるもの、水は水分代謝や免疫システムに関わる体液のこと。気血水の異常によって、体の不調が起こるといわれている。

西洋医学の治療計画のひとつとしても用いられている

 つまり漢方とは、長い長い観察と解釈の末に成立した、「いわゆる近現代西洋科学とは異なった世界観を持ち、その観点の中で、世界の在り様や人体の構造、人がなぜ病気になり、どのようにして治るのかということを解釈・解説し、治療方法を示す学問体系」のことをいいます。さらに、漢方薬とは「その学問体系を用いて治療を行うときに用いる医薬品」なのです。つまり、漢方薬は長い年月の中で、学問となるまでに発展し、医薬品として成り立っているもので、決して、「なんだか普通の医療では治らない面倒な症状だから、漢方薬でも使ってみたらなんとかなるかも」というようなぞんざいな態度で使うべきものではありません。

 そして、漢方薬は、漢方理論の中でだけ使われているものでもないのです。例えば大建中湯(だいけんちゅうとう)という処方は開腹手術後のイレウス(腸閉塞)防止のために、既に西洋医学での手術を伴う治療の手順に入っています。きっかけはというと、「本来38度である体内が開腹手術によって室温にさらされるというのは、人体にとっては“強い冷え”であると解釈できるので、冷えによる腹痛を防止する大建中湯が使えるのではないか」という“漢方的”な発想だったのですが、そこから有用性が認められ、サイエンスの手法によるエビデンスが得られ、統合医療として運用されるようになったのです。

 上記からおわかりかもしれませんが、漢方はサイエンスとは異なり、より感覚的な表現――例えば“冷え”など――で語られることが多いものです。これは漢方の成立時に人体や病気について語るために使えるのがそういった言葉しかなかったためであることを忘れてはなりません。一方で“感覚的”であるがために、自然なイメージやマイルドなイメージが強く、いわゆるダイエタリー・サプリメント※3の一種のように思われることもあります。しかし実際には、長い歴史の中で治療に用いられ、有用であったことを理由に、日本では漢方薬は医薬品として扱われています。「人体や病気、治し方に関する表現が感覚的であるためにわかったような気になり、気軽に使えるように思いがちだが、実は運用は職人技的な部分がある」ために、専門家のアドバイスのもとに使うべき医薬品である、ともいえます。

※3:ダイエタリー・サプリメント
食事から十分な量が摂取できない場合に補われる栄養素や成分2)

健康を維持するためのツールとしても役立つ

 その一方で、「未病」※4あるいは「薬膳」※5などについては、もっと日常生活になじみやすいものといえるでしょう。これらは漢方と理論のベースを同じくする、健康を維持するための考え方であり、それこそ「未だ病気になっていない人」が病気に陥らないために用いるものとして、非常によいのではないでしょうか。「漢方の知恵を生かした」などという表現がよく枕詞として用いられる言葉でもある「未病」や「薬膳」の考え方は、漢方そのものではありませんが、自分の感覚と身体を大事にしながらよりよい健康に向かうためのツールと考えられます。
 こちらについては、「病気を治す医薬品である漢方薬」とは別のものとして、日々を健やかに送るためにそれこそ積極的に活用してよいものと考えられます。

※4:未病
まだ明らかな異常は現れていないが、このまま何もせずにいると病気になるような状態。漢方の三大古典と称される書物のひとつである「黄帝内経」がこの語の初出である。この状態に着目し、生活習慣・食習慣等の改善によって“未病を治す”ことは予防医学の根源的な形として語られることも多い。

※5:薬膳
漢方の考え方のひとつである、生薬の性質に関する言及――身体を冷やすか温めるか、身体にどういった作用を及ぼすかなど――を全ての食材にあてはめ、食材の組み合わせや調理法を工夫することでより健康維持にふさわしい食事を目指す考え方、あるいは体調コントロールに有用と考えられる生薬を料理に取り入れる食べ方。

糸数 七重(いとかず・ななえ)先生
日本薬科大学講師(漢方薬学科)

1997年、東京大学薬学部卒業。1999年、同大学院薬学系研究科修了。米国ミネソタ大学留学ののち、2003年、東京大学大学院医学系研究科修了、博士号(医学)取得。慶應義塾大学医学部ツムラ寄付東洋医学講座助手、国立医薬品食品衛生研究所生薬部研究員、武蔵野大学薬学部助教を経て2008年より現職。
参考
  1. 週刊朝日MOOK『未病から治す本格漢方2021』p16、p36
  2. 国立スポーツ科学センター│サプリメント@JISS<2021年9月9日閲覧>

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