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母親の卵巣がんの手術後、身体症状に神経質になってしまった母娘 中編

公開日:2012.01.10

母親の卵巣がんの手術後、身体症状に神経質になってしまった母娘

鮫島さん(仮名)、40歳代 女性。

外来にて・・・

 セカンドオピニオン外来をやっていると、いろいろな人がやってくる。今回の話は、ある年末の外来へ来院された母娘の話である。病気をされてセカンドオピニオンに訪れたのはお母さんのほうだったが、ぼくの印象に残ったのは付き添ってきた母親想いの夏子さんのほうだった。セカンドオピニオン外来は、20分の時間を予定して行っているが、いつも十分な時間がとれず、何回かに分けてお話しをお聞きすることにしている。鮫島親子は、知り合いの伝手でセカンドオピニオンを求めてぼくの外来へやってきた。思い詰めた表情の鮫島さんを心配そうな顔で一言もしゃべらずに静かに横に座っていた夏子さんが印象的だった。鮫島さんは、主治医からの説明では納得できなかったそうで、病気について、機関銃のように質問してきた。ゆっくりと時間をかけて、ひとつひとつ説明をしたつもりだったが、初めての外来診察で十分な時間を取ることは出来なかった。診察の後、二人が少し安心した様子で、診察室を後にしたので大丈夫だと思っていた。

 鮫島親子がセカンドオピニオン外来を受けられた数週間後の夜、病院の救急外来から呼び出しがあった。
 18歳の女性が腹痛で受診された、とのこと。
 母親が、僕の外来に通院していることから、どうしても僕に診てほしいと連絡が入った。
 救急外来の前の待合室に、震えながら座っている鮫島さんを見つけた。

わたし
「鮫島さん、どうしたんです?」

 そう、救急外来を受診されたのは、あの鮫島さん親子であった。ということは、腹痛の18歳女性というのは、夏子さんのことなのか・・・と思いながら、鮫島さんの話を聞いた。

鮫島さん
「先生、実は夏子が、夕方からお腹を痛がって。私と同じ病気じゃないか?と心配になって・・・。すみません、本当に、もう心配で心配で。救急外来に来て診ていただいた担当の先生には『大丈夫だ』と言われたのですが・・・。それでもどうしても心配で。どうにか、先生に連絡を取って欲しいとお願いしたんです。お休みのところ、本当にすみません」
わたし
「そうでしたか、それで、何と説明されたんです?」
鮫島さん
「はい、単なる腹痛だから、大丈夫だって。血液検査も問題ないし、レントゲンも大丈夫だから、薬を飲んで一晩様子をみるように言われました」
わたし
「わかりました。では、ちょっと、診察してきますね。お母さん、一緒に来ます?」
鮫島さん
「え?救急外来の中に入っていいんですか?」
わたし
「いいですよ。一緒に行きましょう」

 最初に診療を担当した総合研修中で救急当直のレジデントに診察結果を聞く。

レジデント
「・・・えぇ、それで理学所見ではデファンスもなく、ブルンベルグ徴候も認めません。尿検査では妊娠反応も陰性で、血液検査所見でWBCの上昇もなくCRPも陰性、腹部単純レントゲン撮影も、ご覧のとおり全く問題ないんですよ。わざわざ、先生をお呼び出しするのも、申し訳ないと思ったんですが、お母さんがどうしても先生にもう一度、診察して欲しいとおっしゃるもんですから。本当に、すみません」
わたし
「ありがとう。すまないね、忙しい中で、申し訳ない。それで、先生は腹痛の原因は、何だと思うの?」
レジデント
「う~ん、どの検査でも異常を認めませんから、軽い腸炎か何かじゃないんでしょうか。大した事はないと思います。」
わたし
「そうか、それで治療方針は?」
レジデント
「先ほど、ブスコパンを筋注して、整腸剤をお出ししておきました。時間が経てば自然に良くなるんじゃないでしょうか」
わたし
「それで、ご本人とお母さんへ何と説明したの?」
レジデント
「はい、検査結果はすべて異常がないので、原因はわかりませんが、軽い腸炎と思われます。と説明しましたが、何か?」
わたし
「そうか、ありがとう。先生には迷惑をかけたね。たぶん、この症例の腹痛の原因は、説明不足だったぼくにあるようだ」
レジデント
「何ですか?先生が腹痛の原因?」

 救急外来の観察ベッドで横になっている夏子さんを不安そうに鮫島さんが付き添っている。

わたし
「少しは落ち着きましたか?」
鮫島さん
「先生!どうだったでしょうか?娘は本当に大丈夫なんでしょうか?」
わたし
「こんばんは。どう?少しはお腹、良くなってきた?」
夏子さん
「は、はい。ありがとうございます。先程の注射が少し効いてきたようで、痛みが治まってきました」
わたし
「それは良かった」
鮫島さん
「先生、本当に大丈夫なんですか?」
わたし
「お母さん、大丈夫ですよ。」
鮫島さん
「先程の先生からも大丈夫だと言われたんですけれど、どうしても心配で。自分のことがあるものですから・・・もし、手遅れになってしまっては、と思って。先生!原因は何なんでしょう?」
わたし
「夏子さん、どうです?落ち着きましたか?」
夏子さん
「はい、まだ、手足がしびれていますけれど、お腹の痛みは和らいできたようです」
わたし
「具合が悪くなる前に、呼吸が苦しくなりませんでしたか?」
夏子さん
「はい、お腹が痛くなって、だんだんと苦しくなって。みなさんにご迷惑をおかけないように、我慢していたのですが。どうしようもなくなってしまい、こんな大事になってしまいました。本当にすみません」
わたし
「そうですか。鮫島さん、安心してください。原因がわかりましたよ!」

 親子の関係ほど、強いものはないのだろう。娘を想う母の気持ち、母を想う娘の心。その絆の強さは、同時に弱さにも繋がってしまう。普段、病気などしたことがない健康な夏子さんは、これまで母親を精神的にも肉体的にも支え、励まし頑張ってきたのだろう。母親の治療の効果判定が良い結果だったことで、これまでの緊張の糸が少し緩んでいたのかもしれない。いつもならやり過ごすほどの体の異常も、いつも以上に強く感じてしまった。一度おかしいと感じると、段々と不安が積もってくるものである。せっかく良い結果がでた母親に自分のことで心配をかけないようにしようと思う反面、自分の体の小さな不調が、心配になった。ちょっとしたお腹の痛みが母親の病気の最初の症状と同じなのではと、フッと心配になってしまった。小さな心配が段々と雪だるまのように膨らんで、わずかな痛みが強く感じるようになってきた。自分の呼吸が早くなるのが分かる。段々と手足がしびれてくる。お腹の痛みが増す。不安が大きくなり、痛みが耐えられなくなる。
 一緒に住んでいる母親がいつもと違う娘の様子に気づいた。母親を心配させまいと取り繕う娘。しかし、お腹の痛みは耐え難いほどとなり、呼吸が苦しく目の前が真っ白になって、記憶が遠のいていく。気を失ってしまった娘を前にパニックになった母親は救急車を呼び来院することになった。

 救急外来では、昼間のように予約の順番に呼ばれることはなく、重症な症例から診察となる。病院へ到着した夏子さんは意識がないため、すぐに診察室へ入っていったが、なかなか診察結果は担当医から聞けない。診察結果は長く待たされた後、救急外来担当医師の説明を聞かせてもらった。「異常はない」「原因不明」「軽い腸炎」、娘の病状を自分のこととのように聞く。「大丈夫です」という説明は自分の時も聞いた。結果は良いと言われているが、本当に良いのか?納得できない。
 鮫島親子がセカンドオピニオンに求めたものは、「分かりやすい説明」と「安心」だった。公立のがん専門病院の外来では充分な時間を取って説明をすることが出来ず、医療側は説明したつもりでも、患者本人と家族が納得するところまでの説明をするだけの時間を取ることが出来ていなかった。そのことに私自身は気づいていたなら、自分の都合で「分かりやすい説明」を行うことが出来ていなかった。そのため、不十分な「安心」は与えるにとどまってしまった。そのため、一緒にセカンドオピニオンに来ていた夏子さんのことに気を回すところまで出来なかった。セカンドオピニオンが必要だったのは、母親だけではなかった。付き添いとして一緒に外来へ訪れていた夏子さんにも、配慮すべきだった。病気と戦っていたのは母親だけではなく、娘も一緒に戦ってきたのだろう。母親だけではなく家族である娘にもセカンドオピニオンが必要だったのだ。母親の病気に対する不安と母親が受けている医療への不安な気持ちがあったからこそ、セカンドオピニオンに母親と一緒に僕の外来へ訪れたのである。娘にも治療が求められていたことに気づいてあげられなかったぼくに責任があった。

 夏子さんの腹痛の原因は、レジデントの診断通り、「軽い腸炎」だった。しかし、「不安」という要素が大きく鮫島親子を飲み込んでしまった。「軽い腸炎」は「卵巣癌」の前駆症状となり、二人のパニック症状にまで発展してしまった。セカンドオピニオン外来で夏子さんにも「安心」を処方しておくべきであった。

 次の外来予約は、予定よりも早く来ていただくことにした。時間も午後の早い時間を設定し、いつもよりも多めの時間を準備した。夏子さんに「安心」を処方するために。

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今津嘉宏(いまづ・よしひろ)先生
芝大門 いまづクリニック 院長
1988年藤田保健衛生大学医学部 卒業、1991年慶應義塾大学医学部外科 助手、2005年恩賜財団東京都済生会中央病院外科 副医長、2009年慶應義塾大学医学部漢方医学センター 助教、2011年北里大学薬学部 非常勤講師、薬学教育センター社会薬学部門 講座研究員、2011年麻布ミューズクリニック 院長、2013年芝大門 いまづクリニック 院長

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