季節の養生 夏 暑さに負けない身体をつくる

[病気と漢方] 2020/09/02
 1972年に日本初の漢方医学の総合的な研究機関として設立された北里大学東洋医学総合研究所。長い歴史を通じて、日本人の体質や気質にあった形に発展してきた漢方には、季節ごとに生じる悩みを乗り切る知恵が詰まっています。北里大学東洋医学総合研究所の広報・医療相談室室長で薬剤師である緒方千秋先生に、季節にあった漢方の知恵を教えていただきます。第5回目のテーマは暑さです。

地球温暖化とヒートアイランド現象

 地球温暖化およびヒートアイランド現象により、この時期になると猛暑日の増加が話題になります。室内で冷房をかけると快適に過ごせているように感じますが、その一方で外出した際には一段と暑さを感じます。特に都市部では、冷房の排熱による外気温の上昇が顕著です。少しでも暑さを軽減するために、天候や気温だけの問題ではなく、環境に配慮した個人の取り組みも必要なのではないでしょうか。

 意識して体感温度を低く保つよう工夫し、温度差からくる体調不良を招かないように注意することが大切です。

気温、湿度、気流、放射という4つの熱環境要素が存在

 体感温度は気温だけでなく湿度や気流、日差しの影響を受けています。冷房だけで気温を快適にするのではなく、湿度に気をつけたり、窓開けや扇風機などで気流を作ったり、ブラインドやカーテンで日差しを遮ったりすることで体感温度は下がります。

漢方医学と夏の「養生」

 養生は病気を治すことではなく、健康的な心と体を作ることです。漢方医学=漢方薬と考えがちですが、漢方薬を使う前の段階で行う日々の養生こそ、漢方医学の基本です。ヒトが本来持っている生命力を最大限に活用する手段にもなります。日本には四季があるため、時期ごとの気候に適応しながら健康を維持することが季節の養生です。さらにそれぞれの体質や生活環境も考慮しながら、自分に最適な養生をみつけましょう。

 日本の夏は湿度が高くジメジメしているため、汗をかき体もベタベタして体力を消耗しがちです。また、食欲が低下すると、元気までもがなくなってしまいます。

 汗を必要以上にかくと、身体の水分が奪われてしまいます。すると血液の粘度が上がり、血流が滞りやすくなります。脳梗塞が夏に多く起こるのはそのためです。しかし、暑いからと冷たい飲み物を取り過ぎると、冷えやむくみの原因になるので、水分の摂取もタイミングや量、温度まで考える必要があります。

 冷房の効いた室内と屋外の温度差によるヒートショックが自律神経のバランスを崩すきっかけになることもあります。外出の際は、帽子や日傘、サングラス、扇子などを使うようにしましょう。帽子や日傘は暑さを軽減するだけでなく、頭皮や毛髪を紫外線から守ってくれる役割があります。夏場は肌だけでなく、毛髪も暑さや紫外線によって大きなダメージを受けることを忘れないで下さい。

ポイント

  1. 体感温度を低く保つ工夫をする
  2. 消化機能を助けエネルギーを補給する
  3. 水分補給とむくみ防止対策をする
  4. 自律神経のバランスを維持する
  5. 日差しよけや気流を活用する

夏の養生におすすめの食材と組み合わせ

体を冷やす食材と温める食材を組み合わせる

ゴーヤチャンプル
冷やす → ゴーヤ(苦瓜)、豆腐
温める → 胡椒
味付けには体を温める性質の胡椒を使う
とうもろこし入り鶏ひき肉だんごのスープ
冷やす → とうもろこし 
温める → 生姜
味付けには体を温める性質の生姜を加える

消化を助けエネルギーを補給する食材

消化を助ける食材
黄色くて甘い食材 → とうもろこし、サツマイモ、カボチャ
滋養強壮が期待できる食材(精のつくもの)
ヤマイモ、ダイズ、ウナギ

消化を助け精神を安定させる香り豊かな食材

香り豊かで酸味も感じられる
柑橘類 → レモン、ライム、オレンジ
香りでリラックス効果
シソ科 → シソ、ローズマリー、ミント、ラベンダー
香りでイライラ解消
セリ科 → セロリ、三つ葉、パクチー

水分補給とむくみを改善する食材

熱を冷まし水分を補給してくれる食材
ナス科 → トマト、ナス
消化を助け余分な水分を排泄する食材
ウリ科 → キュウリ、トウガン、スイカ
イネ科 → ハトムギ、とうもろこし
マメ類 → 小豆、緑豆、そら豆

「梅」が効果的な夏バテの症状とは?

 梅は約1500年前、薬用の烏梅(うばい)として中国から伝わっています。烏梅は青梅を燻製乾燥させたもので、実が烏(からす)のように真っ黒であることから名付けられました。烏梅には酸味があり、気や、汗や尿など体の水分が出過ぎるのを防ぐ収れん作用があることから、さまざまな漢方薬に加えることで発汗異常を改善することができます。当施設でも、烏梅が配合されている茯苓補心湯(ぶくりょうほしんとう)が用いられています。この漢方薬は中国明代の医学書「万病回春」の「汗」の項に、“うつの症状がある発汗異常に用いる”とされており、現在は、更年期障害による発汗異常などにも応用されています。また、烏梅は中国や台湾では酸梅湯(さんめいたん)などの清涼飲料水に配合されており、喉を潤すために欠かせないアイテムとなっています。

 歴史をひもとくと、平安時代の丹波康頼(たんばのやすより、912-995)による日本に現存する最古の医書「医心方」に、梅干しに関する記載があります。「味は酸、無毒、気を下し、熱を除き、皮膚の荒れ、下痢や口の渇きを止める」という内容から、薬として用いられたことがうかがえます。戦国時代には梅干しは食欲を増進し、滅菌効果があり、喉の渇きを改善するものとされ、野戦食糧に用いられています。これによって全国に梅の木が植えられました。

 漢方医学的な観点からは、体内の水分のバランスをとってくれる効果が期待できること、加えて食欲増進効果を持つと考えられることから、梅は大量に汗をかき、胃腸も弱った状態の夏バテに適した食材だといえます。

 ちなみに、江戸時代における銀山では、鉱山病が深刻な問題でした。その対策として、梅肉を使ったマスクが効果をもたらしたことがわかっています。その防毒マスクは「福面」といわれ、酸の効果によって鉱塵を防いだそうです。江戸時代末期には海外との行き来が増えたことにより、コレラが大流行しました。梅干しの酸による殺菌効果はコレラにも有効だったようです。江戸時代になると梅干しは庶民に大いに広がり、全国的に需要を拡大していきました。当時の梅干しは塩分が高く、しょっぱさそのものでした。現在では地域性もありますが、塩分控えめ、ハチミツ漬けなどバリエーションも増えています。

 ぜひこの夏に梅の力を活用してみてはいかがでしょうか。

令和と梅の関係

万葉集 梅花の歌三十二首の序文は、元号「令和」の典拠となったことで知られています。「初春の令月にして 気淑(よ)く風和(やわら)ぎ 梅は鏡前の粉を披き 蘭は珮(はい)後の香を薫らす」。時あたかも新春の好き月、空気は美しく風はやわらかに、梅は美女の鏡の前に装う白粉のごとく白く咲き、蘭は身を飾った香の如きかおりをただよわせている1)、という意味です。

緒方千秋(おがた・ちあき)先生
北里大学東洋医学総合研究所 広報・医療相談室室長、薬剤師。

北里大学薬学部を卒業、1年半医療機器メーカーに勤務後、現・北里大学東洋医学総合研究所薬剤部にて30年間、生薬を用いた漢方薬の調剤に携わり、様々な生薬に触れ、また多くの患者様と接してきました。その経験を活かし、現在広報・医療相談室を立ち上げ、これまで以上に患者様に向き合う漢方医療を目指しています。
子供の頃から伝統的なことが大好きで、周りからは少し変わり者扱いをされてきました。小学生で生け花をはじめ、中学生の時に師範を取得し、社会人になったのを機に茶道をはじめこちらも師範を取得しました。今も気づくと伝統医学を専門に扱う薬剤師になっています。一貫して伝統医学を重んじた生活スタイルを保っています。

北里大学東洋医学総合研究所

参考

  • 1) 中西進. 万葉集 全訳注原文付(一) 1978; 講談社.
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