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季節の養生 春 ストレスに負けない身体をつくる

公開日:2020.07.03
カテゴリー:病気と漢方

 1972年に日本初の漢方医学の総合的な研究機関として設立された北里大学東洋医学総合研究所。長い歴史を通じて、日本人の体質や気質にあった形に発展してきた漢方には、季節ごとに生じる悩みを乗り切る知恵が詰まっています。北里大学東洋医学総合研究所の広報・医療相談室室長で薬剤師である緒方千秋先生に、季節にあった漢方の知恵を教えていただきます。第4回目のテーマはストレスです。

ストレスを抱える家族

 ストレス社会などとも言われる現代社会。ストレスのきっかけや原因は、世の情勢、仕事のこと、家族とのこと、友人とのこと、お金のことなど様々です。
 ストレスを抱えたままにしておくと、それが慢性的になり、うつ病などを発症するケースも考えられます。
 労働安全衛生法の一部を改訂する法律が平成27年12月1日に施行され、新たに「ストレスチェック制度の義務化」が設けられました。これは、雇用主や企業などが労働者の心理的な負担の程度を把握するための検査です。高いストレスが認められ、本人が希望する場合には医師による面接指導の実施なども義務化されました。しかし、ストレスの有無や程度を調べることのみならず、個々のストレスのタイプを考慮した、ストレスに立ち向かうためのアドバイスが重要です。

 そこで今回は漢方的なストレスについての考え方を学び、ご自身の健康管理に漢方の知恵を取り入れていただきたいと思います。

ストレスという言葉の登場

 元は物理学で使われていた「ストレス」という言葉ですが、カナダの生理学者ハンス・セリエが1936年に「ストレス学説」で「心身に生じた歪み」の存在を唱えたことから、医学でも使われるようになりました。このことは病気の原因は病原体にあると信じられていた当時の医学界に大きな衝撃を与え、変革をもたらしたそうです。一方、漢方は「歪みの治療」に焦点を当てる「バランスの医学」と言われています。また“心身一如(しんしんいちにょ)”、心と体は一体であり互いに影響を及ぼしあっている、という考え方があります。いずれにせよ、不調がある場合は体だけに限定せずに、心の健康にも注意を向ける必要があるということでしょう。

漢方医学における病因の考え方と基礎理論

 漢方医学では、病気の原因には先天的な要因と後天的な要因があると考えます。先天的な要因は、遺伝的な体質や病名に対する感受性などです。そして後天的な要因を外因・内因・不内外因の3つに分け、それぞれの原因に適した治療法を推奨してきました。中国宋代(960~1279)の陳言(陳無択)撰の臨床医学書『三因極一病証方論』の自序に、興味深い内容が記載されています。「病気は喜怒哀楽などの内因、寒熱風湿などの外因、飲食の過不足、欲求が強い、害虫、怪我などの不内外因のいずれかによって起こる」。西洋医学では、病気を引き起こすストレスの原因となる刺激を「ストレッサー」と呼びますが、漢方における三因は、ストレスの原因であるストレッサーだと言いかえることができるでしょう。

 また「病は気から」というように、漢方では気の概念がとても大事になります。気が塞ぐ、気分が悪いなど、体調が優れないときによく使う言葉です。体調を改善するために気を巡らす、気分転換をする、などもよく耳にする表現です。

漢方医学における病気の原因(三因)

内因
精神的な原因=臓より発して体に表れる
七情(しちじょう):怒・喜・思・憂・悲・驚・恐
【例】思い悩むと食欲が低下する
外因
気候(雨や湿度の上昇、気圧の変化)や環境の変化が原因=体の外部から侵入し臓に表れる
六淫(りくいん):風・寒・暑・湿・燥・火
【例】寒い中薄着で過ごしてしまい感冒に罹患
不内外因
生活の不摂生や外傷(内因にも外因にも属さない)
【例】転んで膝をぶつけ打撲してしまった

※病気の多くはこれらが組み合わさって起こると考えられる

漢方医学における5つの要素(五行理論)

 漢方医学の理論の1つに、「五行理論」というものがあります。これは物質や現象を木・火・土・金・水の5つの要素に分類して認識する考えで、それらの要素がバランスを保つことで健康を維持できると考えられています。

図1 五行理論に基づく相生・相剋関係

図1 五行理論に基づく相生・相剋関係
感情=七情(五志ともいう)
(1)怒 (2)喜 (3)思 (4)憂 (5)悲 (6)驚 (7)恐 

内臓=五臓
(1)肝 (2)心 (3)脾(消化) (4)肺 (5)腎

漢方医学における基本物質(気血水理論)

 人の体を構成し、日々の生命活動を維持する3つの基本物質で、これらの機能のバランスが乱れると病的な状態になると考えられています。

  • 目に見えないもので、身体の細部まで栄養分を運搬する、生命活動を営む根源的なエネルギー(呼吸、神経、精神など)
  • 目に見えるもので、主に血管内に存在(赤血球、白血球、血漿など)
  • 目に見えるもので、主に血管外に存在(リンパ液、ホルモンなど)

 さらに、三因、五行理論、気血水理論はそれぞれ影響を受け、関連しています。

表1「七情」が体に及ぼす影響
七情(五志) 「気」の変化 五志に対応する五臓とその機能 体への影響

怒
上昇
気・血液・体液を全身に巡らせる
激しい「怒」は巡りを滞らせる

喜
ゆるむ
精神・思考活動
「喜」が過剰になると気の緩みや集中力の低下を招く

思
かたまる
消化吸収
思い悩み過ぎると、食欲不振や腹痛、下痢などを起こしやすくなる
悲(憂)
悲(憂)
消える
呼吸・免疫機能
過剰な「悲」や「憂」は風邪や呼吸器のトラブルを引き起こす
恐(驚)
恐(驚)
下降
体液の代謝調節
極端な「恐」や「驚」によって、水分の代謝が低下しやすくなる

ストレスを漢方的に考える

 ケース別の診断と治療を具体的に見ていきましょう。

Aさんのケース
いつも仕事のことでイライラし怒ってばかりいます。近頃こめかみのところに青筋ができています。
怒りを感じる臓器は「肝」で、五行理論では青色のイメージです。
漢方薬では抑肝散(よくかんさん) がおすすめです。「肝」(怒)を抑制するところから名前が付けられた漢方薬です。
Bさんのケース
最近仕事がうまくいかず、色々考え、思い悩み夜も眠れず、痩せてしまいました。
思い悩み過ぎることで、「脾」(消化)の臓器がダメージを受けてしまっています。
漢方薬では帰脾湯(きひとう) 加味帰脾湯(かみきひとう) がおすすめです。「脾」(消化)の機能を元に帰すという意味で名前が付けられています。
Cさんのケース
インフルエンザに罹患しないかと毎日不安で、気分が塞いでしまっています。
毎日このような日常でストレスを感じてしまっています。

体の中の気の巡りがうまくいかず、停滞していることが考えられます。
漢方薬ではシソなどの香り成分が配合された香蘇散(こうそさん) 半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう) をおすすめします。
香蘇散は感冒やインフルエンザの予防に役立つことがあります。またシソには漢方薬として服用するだけでなく、香り成分(ペリルアルデヒド)に嗅覚を通した抗うつ作用があると言われています。

 Aさん、Bさん、Cさんのストレスの原因は内因によるもので、七情で漢方的な臓と体に表れる症状が理解できます。一方、外因は自然界から体に入るものを指します。漢方医学ではこれを「六淫」と呼びます。

Dさんのケース
梅雨時や天気が崩れる前に頭痛がして、昔、骨折した膝の辺りが痛くなることで、ストレスを感じるようになっています。
外因である六淫のうち「湿」の影響を受けてストレスを感じています。
漢方薬では利水作用の期待できる茯苓(ぶくりょう)や朮(おけら)を含む五苓散(ごれいさん) 加味逍遙散(かみしょうようさん) などをおすすめします。また茯苓には動悸などを鎮める作用があります。

図2 外から体に入る病気の原因:六淫(りくいん)
図2 外から体に入る病気の原因:六淫(りくいん)

 漢方は病名治療ではなく、症状やその原因を含めた治療体系です。ですから、これまでのお話はストレスだけでなく、その方が困っている様々な症状に対しての考え方です。

 ストレスを感じやすい・感じにくい、ストレスに強い・弱いなどの言葉があります。これらは漢方的に先天的要素とされる体質・気質・性格によるものですが、ストレスに対する抵抗力は、生活習慣や考え方、思考によってつくり上げることもできます。3R[Rest(休憩・睡眠)、Recreation(気晴らし)、Relaxation(癒し)]を実践していただきながら、自分にあったストレス発散方法を見つけていきましょう。

 ストレスは万病の元です。みなさんストレスをためずにお過ごし下さい。

春のストレスにおすすめの食材と漢方薬

シソジュース

シソジュース

 漢方薬には赤シソを用いますが、収穫時期が6月頃と限られているのでシソジュースなどを作り置きしておくことをおすすめします。

 シソを手に入れたら、乾燥させて保管しておきましょう。煮出したシソに酸味(お酢やレモン)を加え、好みで砂糖などの甘味を加えてください。色を鮮やかにするためには、ハイビスカスを入れることをおすすめします。

シソ科の植物の香り

 シソのほか、バジル、ミント、ローズマリー、セージ、マジョラム、オレガノ、タイム、レモンバームなど
 ※精油を含むため、香りが強いものが多い

ストレスを感じたときに役立つ漢方

香蘇散:
感冒、神経衰弱、頭痛など
半夏厚朴湯:
神経性食道狭窄症、不安神経症、気管支炎など
五苓散:
急性胃腸炎、乗り物酔い、浮腫、頭痛など
抑肝散:
神経症、ヒステリー、癇癪
加味逍遙散:
不安神経症、更年期障害、不眠など
加味帰脾湯:
不安神経症、不眠症、うつ病など

注意:漢方は症状だけで選択されるものではありません。漢方専門の医師や薬剤師に相談し、自分に合った漢方薬を見つけましょう。

緒方千秋(おがた・ちあき)先生
北里大学東洋医学総合研究所 広報・医療相談室室長、薬剤師。

北里大学薬学部を卒業、1年半医療機器メーカーに勤務後、現・北里大学東洋医学総合研究所薬剤部にて30年間、生薬を用いた漢方薬の調剤に携わり、様々な生薬に触れ、また多くの患者様と接してきました。その経験を活かし、現在広報・医療相談室を立ち上げ、これまで以上に患者様に向き合う漢方医療を目指しています。
子供の頃から伝統的なことが大好きで、周りからは少し変わり者扱いをされてきました。小学生で生け花をはじめ、中学生の時に師範を取得し、社会人になったのを機に茶道をはじめこちらも師範を取得しました。今も気づくと伝統医学を専門に扱う薬剤師になっています。一貫して伝統医学を重んじた生活スタイルを保っています。

北里大学東洋医学総合研究所

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