原因のはっきりしない頻尿を訴える97歳女性
原因のはっきりしない頻尿を訴える97歳女性
老人保健施設に入所している97歳の女性のことである。アルツハイマー型認知症の診断を受けている。排尿に対する執着が非常に強いようで、隣に座っている入所者が「トイレに行きたい」と言い出すと、直ぐさま自分も「トイレに行きたい」と訴えてくる。また、一度トイレへ思いが及ぶと、1時間に1回以上の頻度で「トイレ」「トイレ」と介護者を呼びつける状態が続いている。「トイレ」コールは夜間になっても止まず、17時から朝9時までの間に10回以上トイレへ連れて行くこともしばしばあるとのことであった。夜間にトイレへ頻回に行っているのに、日中眠っている訳ではなく、やはり何度も「トイレへ行きたい」と訴える。そして頻回にトイレへ行くが、その度にある程度の量の尿が出るという。膀胱炎や尿道炎といった尿路感染症を疑ったが、検査所見上、明らかな尿路感染症の所見はなく見た目もきれいな尿であった。過活動性膀胱を考えフラボキサート塩酸塩を処方されたこともあったが、全く変化を感じられなかったという。そこで一度、漢方薬を試してみることになった。
本人曰く足が少し冷える感じがするとのこと。原因のはっきりしない頻尿には、八味地黄丸(はちみじおうがん)や牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)を使用することが多い。これら2つのうち牛車腎気丸の方が附子という体を温める成分の含有量が高いので、まず牛車腎気丸のエキス剤を1回2.5グラム1日3回毎食前に処方し、2週間内服してもらったが、尿の回数が減ることはなかった。そこで附子末(ぶしまつ)を加えることにした。附子末とはトリカブトのことである。当然、減毒化されているもので、今の附子末は昔の附子末以上にしっかりと減毒化されており、その分効果が少ないと言われている。そのため構成生薬の中に附子末が入っている漢方薬は、効き目を良くするのに附子末を加える工夫をすることがある。附子末1回0.33グラム1日3回(1日1グラム)を牛車腎気丸と一緒に内服してもらうと、内服後3日目から「トイレ」コールが激減した。夜勤中10回以上トイレへ行っていたのが、3回程度に減っているという。残念ながらトイレの回数が減っても本人の睡眠時間が長くなった訳ではないらしい。もともと頻回にトイレへ行っているという自覚はないから当然なのかもしれない。また残尿感や排尿時痛といった尿路感染症の自覚症状もないので、本人が内服をどれほど喜んでくれているかは分からないが、少なくとも介護者側からは喜ばれている。
別の90代女性の場合はエキス剤の牛車腎気丸単独を1回2.5グラム1日3回毎食前処方しただけで夜間の排尿回数が減少したが、今回の方は牛車腎気丸単独では効かず附子末を加えることで有効性が増したものと思われる。このように、構成生薬の中に附子末が入っており、エキス剤単独では効果があまり見られないケースで、附子末を加えることで効果が増すという経験をしばしばする。
愛世会愛誠病院・下肢静脈瘤センター
血管外科の外来で漢方薬を使うようになってから、本格的に漢方を学ぶようになり、2010年より血管外科と漢方内科を兼務。
日本外科学会専門医、日本脈管学会専門医。